撮影メモ 2016

撮影日 場所 メ    モ
2016
12/14
枚方市 京阪の樟葉駅前にあるくずはモールには以前、D5151が展示されていたが2004年に嵐山にある19世紀ホールに移動した。 2014年にくざはモールの南館が出来、その1階に京阪のカラーテレビ付き特急である3505が保存されることになった。 現役当時、京阪には隔月位の頻度で利用していたが、仕事を辞めてからは関西に出向く事自体、少なくなった。 この為、今回は帰り際に樟葉に立ち寄り、昔の特急車両を写すことにした。 
くずはモール南館に行くと、建物の奥に車両が保存されており、周囲には京阪車両の歴史など様々な展示が行われていた。
この後、東福寺でJRに乗り、何回か途中下車をしながら22時過ぎに帰宅した。
2016
12/12
京都市
天理市
京都鉄道博物館が開館してもまだ訪問していなかったので、青春18きっぷを使い関西に出かけることにした。 11日の早朝に家を出て、関西には14時過ぎに着いた。 この日、保存車両で最初に出向いたのは数年前に訪問した吹田操車場跡地で保存されている新幹線の0系車両だが、前回同様、全体にシートがかぶされていた。 
翌12日は京都鉄道博物館に10時過ぎに着いたが、開館と同時に入館する人がもうすぐ一段落するといったタイミングであった。 入館すると、プロムナードで展示されている車両の周りには多くの人が居て、人を入れずに車両を写すのが困難であった。 どうにかこうにか、車両の写真を写し終えたのは昼頃であった。
京都から近鉄で天理駅に向かった。 近鉄天理駅の隣にある田井庄池公園にはD51と共に客車も保存されているが、前回訪問した際には客車は写していなかった。 京都駅で急行に乗り、発車を待っていると、橿原神宮行き特急を奈良行きで運転するとの構内放送が流れてから特急は出発していった。 乗車していた急行も定時に出発したが、直ぐに車内放送で、人身事故の為に平端〜大和八木間が不通になっており、途中で行き先の変更するかもしれないとの事であった。 急行が平端までの間で行き先変更をする場合、平端から分岐する天理駅が折返し線も多く、天理線の列車密度も少ない為、最有力な候補地である。 途中の車内放送では運転再開時刻を知らせていたが、この時刻は、乗車していた急行が平端駅に到着する頃であった。 この為、運行再開が遅れるよう、期待していたが近鉄郡山の案内では運転再開が表示されており、乗車していた列車も平端駅の直前にある天理線への分岐を直進し、橿原神宮方面行きのホームに到着した。 天理線に乗り換え、天理駅に到着すると、京都駅行きの急行が1本停車している。 この時間帯(14時頃)には天理駅から出る急行京都行は無く、京都駅を1本前に出発した急行が行き先変更で天理駅に来ていたようである。 この後、田井庄池公園で客車を写して奈良に向かった。
2016
11/23
さいたま市
川口市
今回は埼玉高速鉄道沿線で保存されている車両を写しに出かけた。 埼玉高速鉄道の終点である浦和美園駅は東北道の浦和料金所のそばにあり、埼玉スタジアムへの最寄り駅としても知られている。 この駅で下車し東川口方に1Km程戻ったところにあるほしあい眼科には羽幌炭鉱鉄道で使用され、その後茨城交通に移動したキハ223が保存されている。 ほしあい眼科に着くと、建物の横にキハ223が置かれているほか、流山鉄道で廃車となった車両の先頭部分が2両、EF66の先頭部分が1両もおかれていた。
この後、徒歩で東川口のビアビレッジ東川口に向かった。 ビアビレッジ東川口では今年の4月中旬にスシ24-504をレストラン用に購入したもので、外から見た限りでは車内で食事をされている方がおり、盛況の様であった。
今回の移動では東京メトロの24時間券(600円)を利用したが、南北線の終点である赤羽岩淵から浦和美園までが470円、東川口から赤羽岩淵までが430円と埼玉高速の往復で900円であり、すごく高いと感じた。
2016
10/29
横浜市 横浜市交通局の1000系車両は新羽車両基地で保存されているが、第三軌条からの給電ということもあり、特別の事が無い限り写すことが出来ない車両であった。 10月は鉄道記念日で各鉄道会社では車両基地の公開が行われることが多い為、横浜市交通局についても注意を払っていた。 すると、10月29日に新羽車両基地ではまりんフェスタ2016が開催されるとの案内が目についた。 横浜市交通局のHPから催しの内容をチェックしても保存されている1000系車両の展示という案内は書いていない。 この為、ダメ元で新羽に向かうことにした。 車両基地の最寄り駅である北新横浜駅から車両基地に向かうと大変な人出でなかなか奥に進めない。 保線車両などが展示されている2階部分に向かうと、検修庫横の線に1000系の車両が見えた。 3両の車両は連結されて並んでいたが、1011は手前の線に展示されている軌道検測車の為に前頭部を写すことが出来ず、斜め後ろからの撮影となった。 1016については車両の前で自分の写真を写してもらう人の列が長かったが、人が入れ替わる際に車両を写すことが出来た。
2016
10/23
栗原市
本吉町
くりはら田園鉄道若柳駅跡にはくりでんの車両が保存されている。 一昨年に訪問した際には車庫に入っている車両が有った為に一部が写せていない状態であった。 栗原市ではレールバイクや気動車に乗る企画を年に何回か日曜日に実施しており、気動車に乗車できる企画の時には車庫の中の車両も表に出てくるとの事であった。 今年最後のレールバイクと気動車の双方に乗車できるW乗車会が23日に行われることから、これに合わせて、宮城県内で未撮影となっている多賀城市のオールドタイムで移動機を、大谷鉱山資料館で蓄電池機関車などを写すためのスケジュールを検討したが、一日では終わらない事から、土日の2日間で宮城の古民家も含めて回ることとした。土曜日の未明に家を出て、東北道の国見ICから丸森駅に向かい、記念碑を写してから白石市・名取市などの古民家を見て歩き、15時過ぎに移動機を写すために多賀城市に行ったが、目的地には車両は保存されていなかった。ストリートビューには写っていたので、最近になって処分されたものと思われる。 この後、古川で宿泊し、朝一で重要文化財の家を見てから若柳に向かった。 10時過ぎに現地に着いたが、既に車両は表に出されており、未撮影の1両は撮影できたが、もう1両の気動車(KD952)が居ない。 周囲を見て回ると、道路の向こう側にある車庫(レールはつながっていない)に塗装中の車両が見えた。 ここにはもう1度くる必要がある。 
この後、気仙沼経由で大谷鉱山資料館に行き、蓄電池機関車や鉱車を写してから常磐道経由で帰宅した。 常磐道は日没後の通過したが、周囲は闇で高速道上のテールランプと対向車のヘッドランプしか見えなかった。
2016
9/10
松川村
糸魚川市
最近は車両を写す際、1度で何か所も回ることが少なくなってきた。 以前から、鉄道関連の記念碑は車両と共に写していたが、昨年ごろからは色々な場所で保存されている古民家も回るようになった。 今回は、大糸線沿線の車両、鉄道碑を写すために前日の夜、家を出て、梓川SAまで行って仮眠をした。 翌朝は安曇野ちひろ美術館に併設されてるちひろ公園で長野電鉄の2両を写した。 これらの車両がちひろ公園の予定地に移動したのは1年以上前で、昨年6月、高山からの帰りに立ち寄った際には広々とした場所にブルーシートで覆われていたが、今回は片側にホームが作られていた。
この後、千国の風張山大崩落の記念碑を写した。 この記念碑はこれまで2回ほど写しに来たが場所が分らず、小谷村に問い合わせて場所が判明したものである。 これまでは、500m程、糸魚川寄りを探していたことが判明した。
糸魚川のキハ52156は屋内で待合室代わりに使用されているが、前後が狭く、全景を写すのに苦労した。
この後、筒石駅跡の碑や長野県下の重要記念物となっている3棟の古民家をなどを写して帰宅したが、帰りは小仏トンネルの渋滞にはまってしまった。
2016
8/20
軽井沢町 この夏も北軽まで来たので、一寸、時間を取り、軽井沢駅に出かけた。 軽井沢駅に併設されている旧軽井沢駅舎記念館には2003年に来ているが、当時はEF632とEC401の2両だけであったが、その後、保線用車両等が増えたので再訪することにした。 夏の軽井沢は車が多いため、比較的早い時間に中軽井沢を通過したが、中軽井沢・軽井沢間ではすんなりとは通過できなかった。
旧軽井沢駅舎記念館ではモハ169、マルチプルタイタンバー、保線用モーターカー等を写した。
2016
7/ 2
大泉町
日光市
早朝に家を出て大泉町に向かった。 大泉町の割烹停車場には11時頃に到着した。 ここには東武鉄道のクハ6222が保存されているが事前調査で家屋の中に取り込まれている事が分っていたので、先ずはこの電車を写した。 その横には2両の貨車が居る。 この2両は想定外であったが、喜んで写した。 然し、この2両の番号(車体に書かれている)を見ると2両ともワラ102となっている。 東武鉄道は国鉄のワラ1形と同じ車両を富士重工で120両製作しているが、この2両が何番の車両か???である。
この後、足尾駅に向かいヨ8928を写した後、足尾歴史館で各種車両を写した。 その中には以前、花巻で写した車両等が含まれており、久しぶりの再会となった。
2016
6/29
青森市 昨年7月に八甲田丸を訪問した際は、車両甲板が工事中でこの甲板に保存されている全ての車両を見る事が出来なかった。 そこで今回、大人の休日切符を利用した小坂レールパーク訪問に合わせて、青森まで出かけることにした。
八甲田丸の工事は終わっていて車両甲板で保存されているすべての車両を写すこちが出来た。 家に戻り写真の整理を行ったところ、昨年写していた控車ヒ760が今回は居らず、その場所(ヨ6798の隣)には控車ヒ635が置かれていた。 
八甲田丸の車両を写した後、西公園に保存されているC601を見る為に仙台で途中下車をした。 仙台駅から西公園までバスで移動したが、バス代が100円であった。 西公園のC601が置かれている場所は工事中であったが、工事の目的はSL広場の整備との事であった。
2016
6/27
小坂町 前回、小坂レールパークに行ったのは2008年の10月だが、この時には居なかった車両が増えたので、8年ぶりに小阪まで出向いた。 前回は自宅から車で出向いたが、今回は大人の休日切符+駅レンタカーという組み合わせにした。 26日早朝に家を出て、新幹線で北に向かい、盛岡で駅レンを借りた。 26日は観光主体で大滝温泉まで移動し、27日は朝一番で小坂レールパークに向かった。 9時前に現地に到着したが、現地の様子は前回と大きく変わっていた。  9時に入場券を購入して見学をしたが、見学者が歩ける範囲は駅のホームと車庫の中だけで、遠くに見えるディーゼルカー2両や貨車は写すことができなかった。 小坂レールパークの保存車両図鑑には写真付きの13両の車両に加えて、「その他の車両も保存されています。」と書かれているが、写真付きの車両では、TMC100モーターカーとホキ909は見かけることがなかった。 また、トキ15008は車庫の一番奥でダンボール箱などが載せられており、ゴミ箱の様であった。
2016
5/19
袋井市
焼津市
静岡県の掛川付近は比較的良く出向く場所であるが、大抵は一人ではなく、保存車両などを写すことが出来なかった。 そこで、久しぶりに、一人で静岡に行く事にした。 ナビの目的地を袋井市の浅羽記念公園にセットし、早朝に家を出た。 ナビは東名の袋井IC経由となっていたが、静岡〜焼津間が集中工事で車線規制されていることから、新東名で行く事にした。 当初は森掛川ICから袋井市に向かう予定であったが、途中の藤枝岡部ICの手前で高速を降りるように指示が出た。 一寸、躊躇したが、藤枝岡部で一般道におりると、ナビの指示は焼津ICから東名に乗れとの事。 今日は時間の余裕があることから、1号線の藤枝バイパス・掛川バイパス経由で浅羽記念公園まで移動した。 この後、御前崎を回ってから焼津の番番亭に行き千葉都市モノレールの車両を写して帰宅した。
2016
4/2
横浜市 横浜新都市交通(シーサイドライン)で使用されていた1000形は2011年から淘汰が始まり、2014年5月には全て2000形に置き換えられた。 並木中央にある車両基地では淘汰された1000形の一部を保存しているが、4月2日に行われたシーサイドラインフェスタ2016ではこの車両を展示するとの案内がHPに掲載された。 この車両基地は団体(8名〜50名)に対しては見学を受け付けているが個人では入ることが出来ないため、今回のシーサイドフェスタ2016に出向いた。 会場に着くと多数の人並みであったが、この車両が展示された辺りはそれほど人だかりが無く、人が入らない写真を写すことが出来た。
2016
3/16
さいたま市 大人の休日で使用しているViewカードのポイントが今月末で切れるために交換品のリストを見ていると、鉄道博物館が目についた。 そこで、1000ポイント分を鉄道博物館の入場券に交換した。
16日は朝、一寸用事が有った為に、定例のボランティアには行かず、鉄道博物館に行くこととした。 新宿から大宮まで最速の列車を調べたが、前日、高崎線籠原駅で発生した火災による高崎線大幅減便により埼京線の各停が一番早く着くことが分かった。
大宮からは鉄博まで徒歩で移動したが、途中にはJR東で使用されている各種車両のパネルが貼られており、道中が飽きることがなかった。 
鉄博には2011年に訪問してから5年たっている。 前回は0系新幹線車両21−2が追加された後で、この車両には新たな展示場所が追加されていたが、今回は建屋の増加は無く、EF551が新たに展示された事により、DD131が展示から外されていた。 鉄博の大宮寄りの新幹線下に鉄博拡張用地との看板が見られた。 早く鉄博が増築され、今回展示から外れたDD13をはじめとしてより多くの車両が追加されることを楽しみにしたい。
2016
2/21
那須烏山市
真岡市
早朝、家を出て外環道、東北道経由で那須烏山市の那珂川清流鉄道に向かった。この施設は定休日が不明の為、本来であれば昨日、現地に電話して、今日やっているか確認すべきであったが、昨日は打ち合わせなどで時間が取れず、確認なしでの訪問となった。
前回の訪問は3年前であったが、この間に多くの車両が増えていた。 今回、目についたのは日原診療所に置かれていた奥多摩工業の電気機関車をはじめとした鉱山系車両が多かった事である。 また、千葉都市モノレールの車両が4両来ていた。
那珂川清流鉄道から真岡駅に向かい、静岡市から移動してきたD51146を写し、真岡ICから大泉ICを通り、17時過ぎに戻った。
家に戻り、翌日から用事の合間を縫って写真の整理を始めた。 しかしながら、那珂川清流鉄道の車両数が多く、それぞれに対する車両説明(どこから持ってきた車両か)が良く分らず、1週間たっても整理が終わらない。 この為、那珂川清流鉄道の分については一括更新をあきらめ、数度に分けてアップすることにした。
2016
1/ 7
芝山町 先月は成田空港第2旅客ターミナルの本館とサテライトを結んでいた空気浮上式のシャトルシステムを「空の駅風和里しばやま」まで写しに行く予定であったが、日程の都合がつかず、出かけることが出来なかった。 正月の3日にネットで一眼レフを購入したが、5日に入手できたので、新年早々に「空の駅風和里(ふわり)しばやま」に出かけた。 自宅を8時に出発し、成田まで下道で千葉街道・成田街道を通ったが、時速20kmでの移動となった。 空の駅への途中で成田駅のそばにある「成宗電車のトンネル」碑を写し、帰りは多古町の「国鉄バス開通十周年碑」、八街市の「軽便鉄道跡」を写した。 帰路は佐倉から東関東道経由で自宅まで戻った。


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