長野県 軽井沢町
 EC401
 
 保存場所 : (旧)軽井沢駅舎記念館  ( Map Code : 292616704*18 )
  明治44年(1911)ドイツAEG社で製作されたわが国最初の電気機関車で、横川機関区に配属されもっぱら横川−軽井沢間を往復していました。 この機関車の特徴は車体の下に歯車をとりつけ、2個の電動機のうち1個をつかってこの歯車をまわし、この歯車がラックレールにかみ合って急こう配を上り下りするようになっていること。 また車体の両側にコレクターシュー(集電靴)をとりつけ、線路のわきのサードレール(第三軌条)から電気をとって走るようになっていることなどです。 とくにトンネルが小さくパンタグラフが使えないので、このような集電方式がとり入れられました。
 この機関車もその後、ED40,41,42型などの電気機関車が製作された
ので、だんだん影をひそめ昭和16年(1941)2月、4両が京福電鉄(福井県)に払下げられました。 昭和39年7月国鉄大宮(解説より)


 ED422
 

 保存場所 : 東部小学校  ( Map Code : 292645130*12 )
 この機関車はED42形電気機関車ED422号車といい、昭和9年3月より昭和38年9月30日アプト式鉄道が廃止されるまでの約30年間信越本線横川〜軽井沢間66.7/1000という急こう配を旅客の輸送に活躍していた機関車である。
 この機関車の特徴は車体の下に歯車をとりつけ2個の電動機のうち1個をつかって歯車をまわし歯車がラックレールにかみあって、急こう配を上り下りするようになっている。(解説より)

 EF632
 
 保存場所 : (旧)軽井沢駅舎記念館  ( Map Code : 292616704*18 )
 昭和30年代、国鉄の輸送力増大、速度向上の施策に伴い、それまでのアプト式鉄道に変わり急勾配をレールと車輪による粘着のみにより、安全に押し上げて力行登坂し、また押しとどめながら抑速降坂できる粘着運転可能な電気機関車としてEF63型電気機関車が開発されました。
日本の最急勾配(66.7パーミリ)線である横川・軽井沢間の碓氷峠専用補助機関車として本務機用EF62型電気機関車と同時に開発された形式です。 昭和37年〜51年に試作車1号機を含む、総数25両が製造されました。
 特徴としては、他の機関車には見られない独特の特殊な保安装置が装備
されています。 台車にはコイル励磁により電磁石をレールに吸着させる「電磁吸着ブレーキ」、列車暴走を防ぐために遊輪を用いた「加速度検知装置(OSR)]、勾配上で長時間停車した時にブレーキの空気圧が低下してもブレーキが緩まないための「ロックシリンダ装置」や「主電動機電機子短絡装置」により転動時に強力な発電制動が作動するなど、暴走事故を防止する幾重ものバックアップ機能を備えています。 また、架線停電時でも保安装置が作動するよう大容量の蓄電池が備えられています。
横川・軽井沢間の全列車に重連で坂下の横川方に連結し使用されましたが、EF62型電気機関車や169系、189系、489系電車とは全てEF63型電気機関車から制御され協調運転ができました。これにより峠で輸送力を落とす事なく直通運転ができ、他の幹線系列車と同一の輸送力を発揮する輝かしい成果をあげました。
 平成9年9月まで活躍し、長野新幹線の開業によりその任を終えました。(解説より)


 草軽電鉄 デキ13
 


 保存場所 : (旧)軽井沢駅舎記念館  ( Map Code : 292616735*73 ) 
この機関車はデキ12形機関車といいアメリカのジェフりー社で大正9年に製作したハンドブレーキ常用、非常用電気ブレーキ付きという鉱山用トロッコを改造したものである。
 大正4年7月より草軽軽便鉄道営業を開始、大正15年軽井沢〜草津間(55.5キロ)の電化が完成してから、昭和37年1月31日路線を廃止するまでの約35年の間、地元民の足として、また、旅行者・避暑客の良き案内人として親しまれた電気機関車である。
 南側の一対の車輪は、同機関車が牽引した客車の車輪である。(解説より)
 クモハ169−6
 
 保存場所 : (旧)軽井沢駅舎記念館  ( Map Code : 292616704*18 )
    169系列車について
 169系直流急行型電車は、逼迫していた上野〜長野間の輸送状況を改善するため、1968年(昭和43年)10月のダイヤ改正に合わせて登場しました。
 信越本線の横川〜軽井沢間で急勾配区間である碓氷峠は当時国鉄内最大の勾配の66.7‰で、自走運転は不可能であったため、同区間専用の補助機関車であるEF63系に連結して運転していました。 この時にE63に連結された列車は、すべて機関車によりかかる状態になるため、安全走行のために両数は最大8両編成に制限されていました。
この問題を解決するために「※協調運転」という方法を採用し、横川〜軽井沢間の碓氷峠通過専用列車として開発されたのが169系列車です。
 1997年(平成9年)に長野新幹線開業と同時にしなの鉄道が開業し169系列車がJR東日本からしなの鉄道に譲渡され運行していましたが、2013年4月29日をもって引退し、同年7月24日に(旧)軽井沢駅者記念館に169系車両(S52編成)のうち1両(Mc)が静態保存されました。
 ※機関車だけでなく連結した電車にも推進力とブレーキ力を発生させて、機関車の負担を軽減させるもの。
           (解説より)

 
 マルチプルタイタンバー
   MTT08−16SLC
 
 保存場所 : (旧)軽井沢駅舎記念館  ( Map Code : 292616704*18 )
     マルチプルタイタンバー MTT08−16SLC
 一般的な鉄道の線路は、レールと砕石に埋め込まれたマクラギで構成されています。 砕石は列車走行時の衝撃や振動、騒音を吸収してくれる働きがありますが、毎日列車が通過することで少しずつ歪が生じていきます。 これを放置しておくと乗り心地が悪化したり、最悪脱線につながる恐れもあります。
 この歪を直すため、沈んだレールをジャッキで持ち上げ、浮いたマクラギの下に砕石をつき入れる「つき固め」という作業を行う必要があります。 
過去には人の手でツルハシのような道具を用いたり、最近でも簡易的なつき固め作業はタイタンバという機械を用いて作業を行っているのですが、作業員の負担も大きく、1日当たりの作業量にも限界がありました。
 マルチプルタイタンバー(略称MTT)はこのつき固め作業をこのつき固め作業を効率的に行うことができる保守用車両で、線路の歪み量の測定とそれに伴う整正量の計算、レールの持ち上げ、つき固め作業をこの車両1台で連続的に行うことができます。 人の手では最大でも1日約30mの作業がやっとですが、このMTTを用いることで1日当たり最大700mの線路をつき固めることができます。
 ここにあるMTT08−16は1985年にオーストリアで製造され、日本に輸入されたのちJR東日本で活躍した後、1997年10月のしなの鉄道線開業に合わせてしなの鉄道に移籍し、2003年3月までの18年間使用されていました。            (解説より)

 軌道モーターカー
  TMC200C−901
 
 保存場所 : (旧)軽井沢駅舎記念館  ( Map Code : 292616704*18 )
 主として、工事用(作業用)機器材料の運搬に使用するための機械であり、種類はエンジンの大きさ、在来線用と新幹線用、架線クレーンの有無の組み合わせにより区分されています。
 軌道モーターカーの開発は幾多の変遷を経て、現在ではもっともポピュラーな200形(185PS)を初めとして、100、300、400、および500形式があります。
 軌道モーターカー(185PS)は、台わく、機関室、運転室、荷台機関、動力伝達装置、走行装置などから構成されています。 なお、動力は機関からトルクコンバータ、逆転機付き変速機を経て推進軸に伝えられ、減速機を介して前後軸を駆動する2軸駆動方式です。 また、駅間途中でも本線路から退避できる転車台も装備されています。           (解説より)
  
  トップページに   場所リストに  車両リストに  更新記録に   撮影メモに  リンク集に


inserted by FC2 system