撮影メモ 2009

撮影日 場所 メ    モ
2009/12
17〜20
12/17
長岡京市
京都市
大津市
昨夜、自宅を出てムーンライトながらに乗り、大垣・米原で乗り換えて先ずは長岡京に向かった。 長岡京で神足駅50周年記念碑と東口の車掌車を写した後、京都駅のコインロッカーに荷物を放り込み、京都市交通局の一日乗車券を購入して市内巡りに出発した。 先ずは五条の北坂ビル内に保存されているN電に向かった。   N電はビル内にあるためほぼ正面からしか写せない。 この後、京都コンピュータ学院白川校で保存されている2両の京都市電を写した後、平安神宮に行った。 平安神宮のN電は一応屋根の下には居るものの大分錆等が見えるようになっていた。 3両目のN電は京都カトリック信愛幼稚園に居る。 この車両は表通りから写せる場所に置かれていた。 教育大付属桃山小学校で保存されている京都市電は通りからも見ることが出来るが、正門のインターホンでお願いをしたところ、校庭に入れて下さり、近くで写すことが出来た。 住吉西保育園の京都市電は敷地の奥の方に居たが、望遠で写してきた。 トロッコ嵯峨駅には人車とトロッコのレプリカが置かれている。 この駅の隣にある19世紀ホールにはC56、C58、D51、若鷹号が保存されている。 このホールは以前有料であったが、無料となっていた。 D51は表に保存されている。 昨年9月に来た時には休日で中に入れなかったがD51はきちんと写すことが出来るように置かれていたが、今回は門の所に銀行の出張所が出来ておりD51をきちんと写せない状況となっていた。
12/18
摂津市
大阪市
貝塚市
朝、ホテルを出て摂津に居る新幹線公園に行った。 ここはモノレール南摂津から徒歩15分強かかるコンテナーターミナル横にあり0系新幹線とEF15が保存されている。 この後、共永興業の本社で保存されてるC57を写しに行った。 ここのC57は大変に美しく保存されている。 ちなみにこの車両は受付の方に断れば平日9:00−−16:30、土曜日9:00−−11:30の間に見ることが出来る。 この後、弁天橋の交通科学館に行った。 今日は良く晴れて居たため、表の屋根下に置かれている車両は明暗差が有りすぎきちんと写すことは出来なかった。 大屋根下の車両を写すには曇天の日の方が好い様である。 この後、中かがや幼稚園に行ったが、電車の腰から下は塀のため全体を写すことなく水間観音に向かった。 水間観音駅では水間鉄道のクハ553が駅のすぐ横に置かれていた。
12/19
堺市
富田林市
河内長野市
東大阪市
大東市
朝、京阪中之島開業関連の記念碑を写した後、泉ヶ丘のチョットバンに置かれている588を写しに行った。 この電車は泉ヶ丘駅からビックバンに向かい、ビッグバンの右側にある池との間の道を上った先にいた。 泉ヶ丘から金剛へはバスで移動し、大谷幼稚園に行った。 今日は幼稚園は休みであったが、車両は道路脇の敷地の端に置かれており、敷地外から写すことが出来た。 金剛の隣駅である滝谷駅から5分ほどスポーツ用品店アルペンの隣に豊橋鉄道の7311が置かれている。 この車両は台車部分だけ鋼材で足場を組んだ上に鎖でしっかりと固定されていた。 東大阪短期大学付属幼稚園の近鉄モ1474は窓の上部から上はテントの屋根で覆われていた。 大阪産業大学の南海(阪堺)の229が送電線の塔の横に置かれていた。 今日の大谷幼稚園・東大阪短大幼稚園・大阪産業大は駅から20分前後はかかる場所であり、今日の万歩計は25000歩になった。
12/20
京都市
刈谷市
奈良市内で鉄道関連の記念碑を写した後、梅小路の蒸気機関車館に向かった。 今日のSL列車牽引機はD51200であるが、扇状庫の左側ではC57の解体検査が行われており、利用できる庫が減っているためB20,C551,C621が表に出ていた。 先日日鉄鉱業から寄贈された1080は扇状庫の中央部分に置かれていた。 数両の機関車が表に出ていたため、各機関車を少し斜めから写したが、機関庫の柱が邪魔になってしまった。 また、よく晴れており日差しも強いため奥との明るさの差が大きく後ろに露出を合わせると前頭部が真っ白になってしまった。 
梅小路で写した後、梅小路公園のN電を写し、帰途についた。 帰りには刈谷で降り、刈谷交通児童遊園の名古屋市電とD51を写してきた。
2009/11/21 長瀞町
熊谷市
早朝に家を出て、東武東上線沿線にある鉄道関連の碑を写した後、秩父路に向かった。 今日は長瀞から三峰口までC58の追っかけを行う予定である。 秩父沿線で先ずは長瀞の手前にある千葉スチールに行った。 ここには新潟交通のクハ46(元は小田急のデハ1408)が居る。 千葉スチールでは中間製品?の置き場の奥にある屋根の下にクハ46に居り、職員の方に断って写させて頂いた。
この後、長瀞駅に行き、SLの到着を待った。 11時半前にSLは到着し、下り電車に抜かれた後定刻に出発をしたが、牽引機を見て驚いたのは門鉄デフを装着したうえに、緑の形式入りナンバープレートを装着していた事である。 家に戻って「編集長敬白」を見たところ、このスタイルでの走行は今日からとの事であった。
今回、長瀞で写した後、直ちに追っかけモードに入り、西武秩父駅前の駐車場に行く予定であったが、上長瀞付近で追い抜いたこともあり、皆野と黒谷の中間から皆野に戻った所、皆野駅の下り側踏切で引っ掛かり、写すことに失敗。 次の目的地お花畑には列車と同時到着で当然写せず、お花畑−影森間の踏切では踏切が閉まってSLが目の前を通過、三峰口駅でようやく先行到着することが出来た。
2009/10/23 横浜市 横浜市資源環境局金沢工場のHPに古布ストックヤードとして横浜市営地下鉄の1041がリユースされているとの紹介がある。 そこで、この車両の写真を写させて欲しいとのお願いをしたところ、許可を頂けたのでゴミの焼却工場見学を兼ねて金沢工場に出かけた。 15分ほどのVTRの後、ごみピット内のごみをこみクレーンで掴むところから始まり、焼却灰から溶融スラグにするところまで約80分かけて工場見学を行った。 この後、工場技術管理係の責任者に立ち会って頂き地下鉄車両の写真を写した。 金沢工場での撮影が終わった後、蒔田駅の所にある「横浜市営地下鉄 第1号車両搬入の地」の碑等を写し帰宅した。
2009/10/20 高山市 トヨタ白川郷自然学校を8時過ぎに出て、白川郷合掌造り集落に向い、午前中は世界遺産である合掌造りの建て物を見学して回った。 12時過ぎに白川郷を出て高山に向い、高山では総合福祉センターに隣接して保存されているSL19648と除雪車キ132を写した。 この2両は福祉センター側に9600、公園側に除雪車と並べて屋根の下に置かれていた。 SLの建物側は駐車場となっていたため、公園側から写したが逆光となってしまった。 機関車と除雪車を写した後、高山の古い街並みを歩いてから帰途に就いた。
2009/10/19 松本市
高山市
紅葉と白川郷の合掌造り集落を見るため中央高速で松本まで行き、安房トンネル経由で白川郷に向かった。 途中、松本電鉄新村車庫に立ち寄った。 ここには車庫の奥にED301が保存されている。 この車庫には8月の北陸からの帰りにも立ち寄ったが、遅くなってしまい、車庫は閉められていた。 今回は事務所に人が居たので、許可を頂いて撮影をした。 安房トンネルを抜ける前に、乗鞍高原に立ち寄った。 ここは紅葉の最中であるが黄色い葉が多かった。 安房トンネルを抜け岐阜県側に入り、奥飛騨温泉郷福地温泉にある奥飛騨ガーデンホテル焼岳に向かった。 このホテルに着くと、紺色に塗られたキハ27が2両、道路横のホテル入口付近に居た。 この車両はホテルのカラオケルームとして活用されている様であるが、寒冷地仕様の車両を持ってくるところが憎い。 この車両を写してから、新穂高温泉の辺りまで紅葉を見に行った後、今晩の宿泊場所であるトヨタ白川郷自然学校に向かった。
2009/10/17 宇都宮市
真岡市
最近は東京近郊の撮り残し車両を少しずつ写すようにしている。 今回は栃木県内にある東武鉄道の開駅記念碑と合わせて、宇都宮の国道4号線沿いに居る高崎製紙のディーゼル機関車・栃木県こども総合科学館の貨車・真岡鉄道の蒸気機関車を写しに出向いた。
高崎製紙のTD3は国道4号線バイパスを東京方面に向い、下栗交差点200m程手前にあるのホンダディーラーの敷地のすぐ隣に、TD1は下栗交差点を右折して300m程行った右側に居た。 栃木県こども総合科学館は国産ロケットHUが展示されて居り遠くからでも良く判る。 ここには東武鉄道で使用されていたEL+有蓋車4両+車掌車が編成で保存されて居り、貨車は貸出自転車の置き場として利用されている。 有蓋車は全て黒一色に塗られ、車両番号は書かれていなかったが、色々な角度から見て2両だけ車両番号が特定できた。 宇都宮市は大谷石の産地で大谷資料館には石材運搬車が展示されているとの事で出向いた。 大谷資料館は大谷石を切り出した跡地?を見せているところだが、石を切り出した跡は暗くて深く・広い空間となっており、圧倒された。 石材運搬車はトロッコの上に大谷石を積んだものであった。 
 今日のメインは真岡鉄道の蒸気機関車である。 当初は茂木駅での折り返し時間帯に写す予定であったが、午前中の撮影・移動に予想外の時間がかかり、結局は真岡駅で上り列車を待つ事にした。 真岡駅に着き、車庫を除くとSLは居ない。 今日は2両で牽引かと期待したが、列車はC12が牽いていた。 C11はどこ???
2009/09/13 飯田市
浜松市
佐久間レールパークの廃止時期が近づいてきたため、佐久間レールパークと合わせて、近隣の飯田市内に保存されている森林鉄道の車両を写しに出かけた。
まだ暗いうちに家を出発し、中央高速で飯田ICに向かった。 飯田ICを7:30に通過し、ハイランドしらびそに行った。 ここは飯田市内とは言うものの飯田ICからはつづら折れの道を小1時間登った先にある。 車両はハイランドしらびそ前の駐車場横に森林鉄道お決まりの機関車+客車+運材車というスタイルで保存されていた。 次に行ったのは梨元ていしゃばである。 ハイランドしらびそから下栗の里方向に道を下って行ったが、車のナビに道路のデータは無く、白い画面に上を車の位置を示すマークが点滅するだけの時間が1時間弱続いて国道152号線にたどりついた。 梨元ていしゃばで保存されている森林鉄道の機関車は国道の横に保存されていた。 梨元ていしゃばから約60Km走り、中部天竜に着いたのは11時半であった。 レールパーク横の浜松市駐車場は満車で一寸待って、駐車をした。 駅に行き窓口で駅入場券を購入すると、台紙付で出てきた。 家に帰ってこの入場券を見てびっくり。 入場券はマルスで発券したものであるが、券面には発行日と発行時間である「8:43」に加えて「発売時刻から2時間以内有効」の文字が印刷されている。 でも、この入場券を購入したのは11時30分をまわっていた。 有効期限切れの入場券を購入してしまったのだ。 でも駅ではこの券で入場させている。 自動改札であったら必ず引っかかるケースである。 レールパークは廃止間近とあって子供連れが多数来られていた。 中部天竜からは天竜川沿いに磐田に抜け、磐田・袋井周辺の鉄道記念碑を写して帰宅した。 帰りの東名は大和トンネルを先頭に40kmの渋滞であった。
2009/08
21〜23
8/22
南越前町
越前市
福井市
加賀市
小松市
能美市
白山市
1000円高速を利用するため、21日の夕方川崎を出発。 敦賀に着いたのは午前0時過ぎであった。 そのまま仮眠をし、敦賀機関区にある交流電化発祥の地碑等の鉄道関連の記念碑を写しながら福井県・石川県の保存車両を写した。 南越前町にある坂川建設のDLは駐車場の端に置いてあるが、全体がさびで茶色になっていた。 加賀市のゆけむり健康村には北陸鉄道から大井川鉄道に移った「しらさぎ」が里帰りして保存されている。 車内は大井川鉄道当時の貼りものが残されていた。 いしかわ子ども交流センター小松館には尾小屋鉄道のDC,DL,PC2両が庫の中で動態保存された居る。 ここの車両は水曜日の11:30、土・日・祝日の11:30、15:30に客を乗せている。 車両の運転中は庫の扉が開いており、職員の方に言えば車両を写すことが出来る。 庫が開いている時間は運転の10分前位から30分間程度であり、この車両を写すにはタイミングを図って移動する必要がある。 
8/23
白山市
七尾市
高岡市
富山市
立山町
今回の主目的である金沢総合車両所公開には9時30分頃現地に到着した。 車両所の横や松任駅付近に駐車場が準備されていた。 9時50分ごろから開会セレモニーがあり10時前には入場を開始した。 お目当ての2272とキ209は入ってすぐ左に保存されていた。 車両所の公開をざっと見た後、能登中島駅の郵便車とDC、大山歴史民族博物館の建設省DLを写して立山砂防資料館に向かった。 立山に到着したのは17:20分頃であったが、資料館は17時までで終了して居り、館内に入ることは出来なかった。 この為、立山砂防鉄道展示線で保存されているKATOの4トン機と大山遊園のおとぎ汽車しか写せなかった。
8/24
黒部市
糸魚川市
黒部市には黒部渓谷鉄道の車両が多数、保存されている。 これらを宮野運動公園→大橋農村公園→下立農村公園→黒部川電気記念館→どやまらんど明日キャンプ場の順にまわった。 途中、宮野運動公園から大橋農村公園に移動する途中にある石動彦神社にはワフ29834がいた。 黒部峡谷鉄道の車両を写したのち、糸魚川に行き、保存場所がフォッサマグマミュージアムに移動した東洋活性白土の「くろひめ」を写し、松本経由で帰路についた。
2009/07/27 北杜市 7月24日に甲府に出かける予定であったが別の用事が入り、甲府行きは27日に延期した。 その日の夜、HPで保存車両の情報をチェックしていると、たかね荘で保存されていたC56が清里駅前に移転されたとの情報があった。 そこで、27日は清里まで足を延ばすことにして出かけた。
清里駅前には昼頃到着したが、C56は清里の駅舎と観光案内所の間に設けられたスペースに収まっており、運転台から後はブルーシートで覆われていた。 しかし、車両は大変にきれいになっており、たかね荘のそばで錆だらけになっていた機関車と同一のものとは思えないほどであった。 機関車の設置工事は屋根や柵が出来て居らず、工事中であった。 そこで観光案内所に行き、工事(ブルーシートが外される)の予定を聞いたところ、当初予定では7月中に完了との事であった。 しかし、雨が続いており、工事が遅れているとも言っていた。 早く、工事が終わり、きれいになった姿を公開してもらいたいものである。
2009/07/18 湯沢町
村上市
新潟市
以前撮り残していた新潟県下の保存車両と鉄道関連の記念碑を写すために17日の夜に湯沢まで移動し、夜明けとともに越後湯沢スキー場で無料休憩所として保存されている17両の客車を撮影した。 撮影したのはオハ47が8両(3両は番号不明)、スハ43が5両(2両は番号不明)、スハフ42が4両(2両は番号不明)である。 この後、湯沢から村上に移動し、荒川体育館に保存されているD51を訪問した。 ここは以前にも訪れたが、窓の外からの撮影でガラスの反射により写せなかった車両である。 荒川町が村上市と合併したことから、村上市のHPで車両の撮影が可能か問い合わせたところ、平日は直接、休日は事前に荒川体育館に申し込めば良いとの回答を得たため、事前連絡をして訪問した。 庫内に入り車両を写したが車庫が狭く、35mm換算で27mmのレンズでも全体を写すことは出来なかった。 車両自体は大変に綺麗で、運転室のハンドル類などが全てきちんと整備されていた。 ここから磐越西線に移動し、ばんえつ物語号のC57180を写した。 停車時間の長い新津で写したかったが時間的に間に合わず、咲花駅での撮影となった。 久し振りでC57の発車を見たが出発時のドレン排出が記憶よりも早く行われていた。
村松駅跡に保存されていたED1が冬鳥越スキー場に移動したとの事で、C57の発車を見送ってから村松経由で冬鳥越に行った。 スキー場に着いたところ、3両保存されている車両の内ED1とモハ61の2両は周囲に囲いが出来ており、この2両は修復&塗装工事中であった。 この工事は加茂市の発注により6月23日から10月20日の予定で行われている。 今回、写せなかったのは残念であるが、修理が行われきれいな姿に変わるのは楽しみである。
2009/07/15 船橋市 総武線沿線にある鉄道関連の記念碑を写すのに併せて、船橋市にある国土交通省船橋防災センターに保存されているKATOのDLを写してきた。 船橋防災センターは東船橋駅から徒歩10分位の所にある。 昨日梅雨明けした強い日差しの下を防災センターに行ったところ、このDLは門のすぐ脇に置かれていたが、周囲はススキが生え、下回りは全く見えない状態であった。
この後、、千葉公園のNUS5、地下鉄博物館の車両を写して帰宅した。
2009/06/28 甲斐市
韮崎市
南牧村
富士見町
今月は中旬まで海外に出かけていたため、撮影計画が遅れ、月末となってしまった。
今回はまず、甲府市内の小池商店に行った。 ここには日本通運のスイッチャーが保存されているはずであるが、あるHPによると撤去されたとの情報もあり、ダメ元で出向いた。 着いた先はほとんどが更地となっており、民家が1件あるだけで、一目で車両なしとの判断が出来た。 この後、隣の竜王で保存されている富士急の5716を写しに小野製作所に行った。 電車は家の庭に置かれて居り田圃側から先頭部を写すか、道路がらから連結面を写す以外、全容を写すことは困難であった。  韮崎中央公園にはC12とEF15が保存されて居り、これらは以前写しているが、EF15の後ろにつながっている無蓋車と車掌車が未撮影であったため、今回、再訪した。
野辺山のSLランドや民俗資料館は以前にも出かけているが、霧の中での撮影となっていたため、今回再訪した。 SLランドでは木曽のDL等も写したかったが、車庫内にあるとの事で撮影出来なかった。 信濃境の廃線跡に保存されている富士急の3101・3102の場所が良く判らず、信濃境駅のそばで、消防団の方々がホース洗いをしている所にお邪魔し、場所を教えて頂いた。 地元の方も良く知らない様で、何人かに聞いてくれ多分神社の裏であろうとのことで、教えて頂いた場所に行き写すことが出来た。
2009/05/16 島田市
藤枝市
静岡市
高速道路1000円乗り放題となってから、車を使った保存車両の撮影には出かけていなかった。 RFのHPに掲載されている行事予定を見ていたら、静岡鉄道の木造電動貨車デワ1の一般公開が16日(土)と17日(日)の二日間行われるとの記事を見つけた。 しかしながら、土曜日は夕方から、日曜日は昼から予定があるため、土曜日の早朝に出発し、大井川鉄道の客車群と静岡鉄道の電動貨車を写すこととした。
朝4時過ぎに家を出て、先ずは新金谷を目指した。 新金谷には7時前に到着したが、構内に居る観光バスがようやく出庫し始める頃でお目当ての客車群はホームの付近に泊まっていた。 
金谷での客車群撮影後、藤枝博物館経由で静岡鉄道に向かったが、長沼車庫の辺りには駐車場が無いため、清水方の駅の近くにあるスーパーの駐車場に入れ電車で長沼に向かった。 途中、古庄駅ではホームに駅員が出て居り、ホームの先にある信号は赤のまま、信号の所にある制御器には社員が修理を行っている雰囲気であった。 このような中、運転手は駅員より指導票を受取り、時速30kmで長沼まで徐行運転を行っていた。 早朝からの曇天は静鉄に乗る頃には雨になってしまい、長沼に着いた時にはお目当てのデワ1は車庫に入ってしまい、全体を写すことは出来なかった。 静鉄の社員の方によると、雨が降っていない時には表に出していたとの事で、現着が一寸遅くなり、残念であった。 本来なら雨が止むまで待つことも考えたが、夕方からの用事に間に合わなくなるため、車庫の中での撮影となってしまった。 
東名高速の帰りは、常時、100km前後で走行出来、渋滞にも遭わずに夕方の会合には間に合う事が出来た。
2009/04/10 浜松市
豊橋市
豊川市
九州行きに使用した青春18きっぷの残りの使用期限が来たため、豊橋周辺の保存車両を写す目的で早朝、家を出て、茅ヶ崎から東京発静岡行きの列車に乗車。 この列車はムーライトながらが運転されていた時には373系で運転されていた。 3月の時刻改正でムーライトながらが定期列車で無くなったため、どの様な車両で運転されるか楽しみであったが、改正前と同様、373系であった。 とすると、この列車の上りの運用は何か??興味がある。
今回は、豊橋に直接向かわず、掛川から天竜浜名湖鉄道で天竜二俣に行った。 駅の構内に保存されていたキハ20とナハネ20は2両とも美しく塗装されていた。 駅の向かい側に保存されているC58は2005年1月に撮影した時と状態に変化は見られなかった。 天竜二俣から西鹿島・浜松経由で二川まで行き、豊橋総合動植物公園に保存されているD5189を写した。 この機関車のナンバープレートは緑地で形式も書かれて居り、あまり見かけないタイプのものであった。 動植物園から東海道線の反対側にある豊橋市の地下資源館へは徒歩で20分程度であった。 地下資源館には鉱山関連のバッテリー機関車、客車、バケットローダー、鉱車が保存されている。 最近開設されたこども未来館には豊橋鉄道の3702が保存されている。 この3か所は全て豊橋市の施設であり、この様に車両を大事にしてくれる都市があることは嬉しいかぎりである。
豊川市にある日本車輛には8620型のSLを始めとして電車などが保存されているが、非公開のため、これまでは保存車撮影の計画に入れていなかったが、あるホームページで、これらの車両が敷地の外からも写せることが判り、今回出向く事とした。 名鉄の諏訪町駅で豊川方の改札を出て、線路に直角に交わる道路を左方向に行くと日車豊川工場の所でT字路になっている。 蒸気機関車と東京都のモノレールはフェンスに沿ったところに展示されて居り、名鉄の811と新幹線の車両はフェンスから一寸離れた場所に展示されていた。 名鉄車両は100mm程度の望遠レンズで写せるが、新幹線車両は名鉄車両の隣に展示されて居り、敷地外からは写すことが出来なかった。
2009/ 3
9〜14
3/ 9
笠岡
今年も春の青春18きっぷ発売時期になった。 今月14日に行われる時刻改正では「ムーンライトながら」が不定期となるため、最後?の「ムーライトながら」乗車となる様、目的地を九州とした。 自宅を8日の22時過ぎに出発し、小田急で小田原に向かった。 今日一日(20時間強)で久留米まで移動する計画であるが、相生〜糸崎間で30分強の余裕時間があるため、笠岡で途中下車し、駅から数百mの所に居る井笠鉄道のホジ9を写してきた。 笠岡駅での所要時間は15分程度であった。 
この後、各停を乗り継ぎ、久留米への到着は21時過ぎになった。
3/10
朝倉市
日田市
玖珠町
由布市
大分市
豊後大野市
久留米のホテルを8時前の出て、レンタカーを借り先ずは朝倉市の生い立つ保育園に向かった。 保育園の奥の屋根の下に甘木鉄道のAR-104は大切に保存されていた。 保育園の次に向かったのは日田駅の北口公園である。 この公園は最近、整備された公園で線路に近い場所にD51が保管されている。 玖珠町の三島公園にはC11270が保存されている。 三島公園に着いて、園内の整備を行って居られる方に場所を伺ったところ、場所を教えてくれた後、手入れがされていないとの一言があった。 C11は塗装の?れ等が見られたが、この車両を写している最中に二人の方が来られ、車両の寸法などを測り始めた。 そこで何をするのか伺ったところ今月中に塗装を行うとの事であった。 由布のD51は湯布院美術館の隣にある公園に保存されている。 この近辺には観光客がぞろぞろ歩いていたが、機関車の周辺は静かであった。
大分市の若草公園で保存されているC55は屋根の下で大事に保存されているが、車両のウオーキングボードの辺りにには人が登れないように金網が張ってあった。 紫雲会の8620も屋根の下で大事に保存されていた。
今日の最後は阿蘇観光牧場の三菱鉱山高島の機関車2両を写すために阿蘇まで行ったが、観光牧場は閉鎖されており、機関車を見つけることは出来なかった。
3/11
高森町
高千穂町
延岡市
日向市
今日は高森の旅館を7時半に出発し、高千穂→延岡→日向と回り久留米でレンタカーを返却して、唐津まで移動する予定である。 昨日は旅館に19時過ぎの到着となったため、先ずは高森駅のC12を写しに行った。 この機関車は足回りには油が注入されて居り、全体にきれいな機関車であった。 宮崎県は2006年に南の方を回っているので、今回はその時に回れなかった北側の車両である。 宮崎の最初は高千穂のトンネルの駅に居る8620と高千穂鉄道のTR−301/302の3両であった。 ここの8620は未開通線の橋梁上に置かれていた。 延岡市の大瀬町児童公園にいるD51485も油が注されており、高森のC12と共に、この機関車もクロスヘッド・主連棒など塗装されていない部分が油色で綺麗であった。 日向市では営団地下鉄の664と市役所のそばに保存されているD51541を写した後、熊本で川尻電車の碑等を写して久留米に向かった。
3/12
壱岐市
昨年3月に佐賀から唐津に来て、壱岐へのフェリー乗り場に行ったところ、強風のために運休となっていた。 今日は昨年のリベンジで壱岐に行く予定である。 朝、フェリー乗り場で壱岐のレンタカーに電話をし、車を予約した。 レンタカーは港に準備してくれるとの事。 印通寺港についてレンタカー料金を支払ったところ、車の返却は印通寺港の駐車場でキーを車の中に入れてロックをして放置しておけばよいとの事であった。 印通寺港から車で島の中央部にある消防署の前に置かれている8620に向かった。 8620は大分錆が目について。 この後、松永記念館に保存されている西鉄の516も錆が大分目立つ状態であった。 
3/13
福岡市
9日に青春18きっぷ1回分で来たところを今日と明日の2日間で戻ることになる。 戻る際にも多少は車両を写すために、昨夜は福岡市東区に宿泊をした。 今日はホテルをチェックアウトして、先ずは、和白駅から西戸崎駅のそばにある介護施設みつみに向かった。 ここには西鉄北九州線の連接車1024が保存されている。 車両は施設の入り口付近に置かれていた。 この車両を写したあとは、旧箱崎駅記念碑・旧香月線起点地・車両航送発祥の地等の碑を写して宿泊地岡山に向かった。 
3/14
岡山市
岡山から上り列車に乗る前に向かった場所は岡山港近くの(株)岡山臨港とちどり保育園である。 (株)岡山臨港には102号機関車が道路脇に屋根の下で保存されている。 この場所からバスで2停留所離れたちどり保育園にはキハ7003が保存されている。 この2ケ所の距離は徒歩で5分程度である。 ちどり保育園の気動車は道路側には木が植えられて居り全体を写すことは出来なかった。
2009/02/18 厚木市 最近は東京近辺での未撮影車両が少なくなり、車両撮影に出かけても1両だけと云う事が珍しくなくなった。 今回は厚木市の外れにある消防学校に保存されている小田急の2657を写しに出かけた。 場所は愛甲石田駅の南南東約2kmである。 車両は消防学校の敷地の端の方に置かれていた。 この後、開成駅の横でテントの中に保存されている3100を写しに行ったが、当初の推測通り、テントは開いておらず、撮影は出来なかった。
2009/01/16 日立市
東海村
ひたちなか市
大洗町
鉾田市
今年のスタートは茨城県と決め、走行ルートの検討を行った。 今回は保存車両以外に、鉄道関連の記念碑等も併せて撮る、水戸ICから城里町→大子町→日立市→東海村→水戸市→ひたちなか市→大洗町→鉾田市を回る500kmのコースとした。 午前4時半に自宅を出発。 先ずは城里町の那珂西駅跡の碑を目指す。 那珂西駅の跡はすぐに見つかり、駅跡を写していると、犬を連れた散歩の方に駅記念碑は写したかと聞かれ、碑の場所まで案内をして頂いた。 
那珂西からは栃原金山に向かった。 ここには鉱山で使用したBLとトロッコが鉱山の入口に置いてあると書かれたHPが有った。 栃原金山の入口に着いたが、金山の看板類が外され、BLも置かれていなかった。 金山からは大子小学校経由で日鉱記念館に行った。 日鉱記念館には鉱山で使用した電気機関車、バッテリー機関車3両、トロッコ、バケットローダー2両、人車(坑道に人を送り迎えする車)が本館の外や鉱山資料館等に置かれていた。
日立市には最近、車両が搬入された「電車くん」という鉄道模型屋さんがある。 ここには最近、廃線になった日立電鉄のモハ3023が保存されている。 現地に着くと店は閉まっており、月・火が定休日とのことで車両を写して、東海村に移動した。 輸入雑貨店「あさみや」の日立電鉄のデハ1001はだるま状態で、車両の中には商品が山のように陳列されていた。
ひたちなか海浜鉄道の阿字ケ浦でキハ221とキハ201を那珂湊ではキハ202、キハ203、キハ204、ケハ601、ケキ102を写し、大洗キャンプ場に移動した。 大洗キャンプ場のスハネ14757は全体に色があせ、屋根の一部には雑草が生えていた。 当初は大洗キャンプ場から帰宅する予定であったが、撮影が終わった時点で16時前であったため、旧鉾田駅に向い、601とKR−505を写して19時半に帰宅した。 走行距離は520Kmであった。


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