丹那トンネル 殉職碑
碑の背景
コメント
東海道本線は当初、箱根を避けて国府津から御殿場経由で沼津に向かったが、この区間は急な勾配が連続する難区間で、東海道本線の隘路となっていた。 これを解消するために熱海からトンネルで函南に向かう線が計画され、1918年に起工された。 しかしながら、工事では1920年に熱海口で、1923年には三島口でトンネル崩壊事故が発生した。 また1930年の北伊豆地震でも崩壊事故が発生した。 これらの崩壊事故等により67名の方が亡くなった。 
丹那トンネルの工事ではトンネル崩壊による人命損失のほかに、トンネル内への湧水により丹那盆地等で渇水災害が発生した。 この渇水対策として該当地区に見舞金が交付され、水道が敷設された。(水道記念碑渇水救済記念碑を参照)
写  真

基本情報
 所  在  地 : 熱海市福道町8
            丹那神社
 マップコード : 116652445*63
 建  立  日 : −−−
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 慰霊碑
 撮  影  日 : 2004年10月24日


解説文  この碑は丹那トンネル開通にさいして鉄道省によって建てられました。
 この工事の際、67名の尊い犠牲者がでました。 碑には尊い犠牲者の姓名が刻まれています。 この工事は足かけ16年の歳月を要した世界的な難工事でした。 完成まで大事故は6回を数え、死者67名、重傷者610名という多大な犠牲をはらって昭和9年に開通いたしました。

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