北海道 標津町
 C11224
 
 保存場所 : 文化センター (Map Code : 448856696*24 )
 
 キハ22168
 
 保存場所 : 川北駅跡 (Map Code : 448843433*48 )
 標津線のあらまし
標津線は、広大な根室原野の中心部の開拓を使命として生まれた鉄路でした。馬車鉄道と呼ばれる植民鉄道が、大正末期から昭和初期にかけて原野に敷設されていましたが、物資や産物の大量輸送と住民の利便性の向上を目的として、さらには恒久的な交通機関として鉄道が建設されました。
昭和6年12月に厚床〜奥行臼間が着工、昭和8年12月に厚床〜西別間が開通し、昭和12年10月30日に全長116.9kmに及ぶ標津線の全線が開通しました。ここ川北駅も昭和12年10月30日に開駅されています。
開通と同時に、黒い煙を吹き上げて蒸気機関車(C11型・C12型等)が大地を走りぬけていましたが、国鉄の経営合理化対策の一環として実施された「動力近代化計画」により昭和31年11月から徐々に旅客列車はレールバスといわれる気動車(キハ03型・キハ05型等)に、貨物用はディーゼル機関車(DD16型)に切り替えられ、昭和49年6月になって標津線からSLの姿が消えました。
根室原野の開拓と産業の振興、観光客・住民の足として計り知れない貢献をしてきた標津線も、道路の整備に伴う自動車の普及・整備と利用者の減少により、平成元年4月29日にその使命を終え廃止となりました。
56年間に及ぶ標津線の歴史を讃え、多くの人々が心から「ありがとう」の言葉を送り、最期の列車を見送りました。
ここ川北駅跡地は、川北駅をモチーフにしたバス待合所の設置、レールバスの展示などを行い、後世に鉄道の歴史を伝えるものです。
(解説より)

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