国鉄宮之城線
吉野山駅跡

  
碑の背景
コメント
1913年川宮鉄道が設立され、1917年から川内〜樋脇間の線路敷設工事に着手したが、第一次世界大戦による資材値上がりなどにより、1921年に川宮鉄道は解散した。 1923年、既に建設されていた部分を国有化した上で、川内〜大口間を結ぶ大口線として工事が行われた。 この線は1924年10月20日、線名を宮之城線と改称して、川内町〜樋脇間が開通した。 この時に設けられたのが楠元、吉野山、樋脇の三駅であった。 
1924年に開業した吉野山駅は1961年には小口扱い貨物の取扱が廃止され、その2年後には荷物扱も廃止され、無人駅となった。 1987年1月10日、宮之城線が廃止となり、この駅も廃駅となった。 駅の跡地は吉野山郵便局となっている。
  
写  真
基本情報


所 在 地 : 薩摩川内市中村町6928−2
MapCode : 528 328 135*87
建 立 日 : 1989年3月
建 立 者 : 川内市長
種   別  : 跡地碑
撮 影 日 : 2022年11月17日


碑  文  大正六年五月に私鉄線として建設が進められた宮之城線は、同十三年十月に川内ー樋脇間で創業されました。その後、経営が日本国有鉄道に移り、昭和十二年十二月に川内ー大口間六十六、一キロメートルの全線が開通し沿線の経済・文化の発展に大きく貢献しました。
しかし、このような宮之城線も発達する車社会の波に押され、昭和六十二年一月九日で創業以来六十年余りの歴史を閉じました。
この碑は、多くのみなさまに宮之城線を思い起こしていただくために設置したものです。
    平成元年 三月
       川内市長 仁礼国市

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