古江駅跡之碑

碑の背景
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大隅鉄道は碑文の沿革にもある様に1915年に高須〜鹿屋間で営業を始めた。 この鉄道は大隅半島の中心地であった鹿屋と鹿児島市内を鹿児島湾内の航路により連絡する事を目的として設立された軽便鉄道である。 当初の目的地である古江まで延伸されたのは1923年12月19日であった。 
大隅鉄道は1935年(昭和10年)6月1日に国に買収され古江線となった。(碑文では大正12年買収となっている) 国の買収後もしばらくは軽便鉄道であったが、1936年(昭和13年)10月10日に改軌工事が完了し、1067mm軌間の鉄道となった。 1961年の古江〜海潟間開業によりそれまでの終端駅から中間駅となり、1972年に海潟〜国分間が開通した事により、国分〜志布志間が全通し線名が大隅線となったが、その15年後には大隅線全線が廃止され、古江駅も廃駅となった。
     
写  真
基本情報


所 在 地 : 鹿屋市古江町
MapCode : 170 812 796*72
建 立 日 : 1974年10月20日
建 立 者 : 鹿屋市
種   別  : 跡地碑
撮 影 日 : 2022年11月18日


碑  文 大  隅  線  沿  革      
大正 4年 7月11日  鹿屋 〜 高須  間 大隅鉄道として営業開始
9年12月23日  鹿屋 〜 高山  間 営業
10年 8月11日  高山 〜 串良 間 〃
12年12月19日  高須 〜 古江  間 〃 (大隅鉄道会社線国有化) 
昭和 10年10月28日 志布志 〜 東串良 間 〃
11年10月23日 東串良 〜 串良  間 〃 (志布志から古江間開通) 
36年 4月13日 古江 〜 海潟  間 〃 (古江線と称す) 
47年 9月 9日 国分 〜 海潟  間 〃 (志布志から国分間98.3Km大隅線となる) 
62年 3月13日  大隅線全線を廃止
70有余年にわたり 大隅住民の足となり暮らしを支え 地域の発展に大きく貢献した大隅線の歴史を後世に伝えるため ここ古江駅の跡地に この碑を建立する

   平成元年3月吉日
       鹿屋市長 蒲牟田喜之助

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