我が国鉄道発祥の地

碑の背景
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日本で最初に公共交通機関としての鉄道が開通したのは明治5年(1972年)5月7日(旧暦)で、品川〜横浜(桜木町)間の仮営業開始である。 この碑ではそれに先立つ7年前の慶応元年(1865年)に長崎で蒸気機関車が走ったことを示している。 当時の長崎は函館・横浜・新潟・神戸と共に1859年に外国に開港され、数少ない外国との窓口であった。 この地に居を構えていた英国貿易商のトーマス・グラバーが長崎市民病院前の大浦海岸に線路を引き、英国から中国に輸出される蒸気機関車のデモンストレーション運転を行ったのが慶応元年(1865年)であった。 その時の鉄道は軌間が762mm、延長は数百mであったそうだが、人間や馬などが引っ張らずに人を乗せた車が黒い煙を吐いて動く様子に、当時の人が大変驚いたことは想像に難くない。

写  真

 
基本情報
 所  在  地 : 長崎市新地町6 
            市民病院前
 マップコード :  443854388*51
 建  立  日 : 1979年 3月
 建  立  者 : 長崎市
 種      別 : 発祥碑
 撮  影  日 : 2008年 3月20日
碑  文 慶応元年(1865)トーマス・グラバーはこの地に約400メートルの鉄道を敷設し英国製蒸気機関車アイアン・デューク号に客車を引かせ走らせた(武藤長武博士考証)

碑説明
(碑の右)
我が国鉄道発祥の地跡
 慶応元年(1986)英国人貿易商トーマス・グラバーは、日本で初めて英国製の蒸気機関車アイアン・デューク(鉄の公爵)号をここから松ヶ枝橋の方向にレールを敷いて走らせた。 集まった人々は歓声を上げて見物した。 この試走は日本近代化の牽引車になった。


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