鉄道記念碑
碑の背景
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この碑は旧芦屋駅跡地に建立されている。 芦屋駅のあった芦屋線は終戦後米軍の基地となった芦屋飛行場への物資輸送の為に鹿児島本線の遠賀川駅から芦屋基地まで建設された線で、1947年に開業した時は米軍基地関係者以外は利用できなかった。 1950年になった一般乗客に解放されたが、1961年に基地が返還されると同時に芦屋線は廃止された。

写  真
 
基本情報

 所  在  地 : 芦屋町高浜町
            高浜町公園
 マップコード : 68800166*18
 建  立  日 : 1977年 3月 1日
 建  立  者 : 芦屋町
 種      別 : 設置碑
 撮  影  日 :  2004年11月

碑  文 古来、遠賀川の水運によって殷賑を極めた郷土芦屋は、明治中期に筑豊と若松を結ぶ鉄道が開通されると、従来川■(舟偏に帯)によっていた石炭、物資の輸送が鉄道にとって替わり以来衰退の一途をたどった。
大正五年に民営の芦屋鉄道が敷設されたが間もなく廃止された。 戦後本町に米空軍が駐留するところとなり、昭和二十三年三月十日に米軍基地の物資輸送のため国鉄芦屋線が開通した。 当初は米軍専用であったが、昭和二十五年二月十日に一般に開放され、以来、郷土の足として町民に親しまれていたが、昭和三十五年五月三十一日に廃止されるに至った。 この芦屋線は、国鉄遠賀川駅から芦屋駅まで約六.二キロメートルを結び、C58型蒸気機関車が使用されていた。 
この付近は、旧芦屋駅跡地に当たる。
 戦後の郷土復興の貴重な一頁を飾り、また、国鉄の技術革新によって廃車されてゆく蒸気機関車の功績を称え、ここにその勇姿を永久に保存する。
   昭和五十二年三月一日  建立  芦屋町

注)碑文2行目 舟偏に帯の字は「長く狭い舟」の意味

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