筑後大川駅跡地
碑の背景
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筑後大川駅は1933年6月、佐賀線が筑後柳川〜筑後大川間伸延させた際の終端駅として開業した。 1935年5月には越後大川〜佐賀間が開通し筑後大川駅は中間駅となった。 
佐賀線は国鉄再建法に基づいて第2次地方交通線に指定され、1987年3月に廃止され、筑後大川駅も廃止された。 筑後大川駅の跡地はハリーワークとなっている。
写  真

 
基本情報
 所  在  地 : 大川市小保
 マップコード : 87 149 339*65
 建  立  日 : −−年−−月−−日
 建  立  者 : −−−−
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 :  2011年11月 3日

碑  文 昭和10年(1935年)5月25日鹿児島本線瀬高駅と長崎本線佐賀駅とを結ぶ国鉄佐賀線(総延長24km)の開通と同時に開業した筑後大川駅は大川市における交通と輸送の中心としてその役割を果たし市社会経済の発展に大きく貢献した。 ピーク時には一日1000人以上の乗客数があり貨物では木工製品や米、農産加工品などが発送され木材や各種工業製品などがはこばれてきた。 しかし乗用車の普及やバス路線の充実により年々利用者が減少し顔つも陸運輸送の発達にともなって取扱量が減少したため、昭和62年(1987年)3月27日国鉄佐賀線の廃止とともに半世紀にわたって親しまれ利用されてきた筑後大川駅は惜しまれながらその役目を終えた。


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