大仏駅跡
碑の背景
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大仏駅は名古屋―柘植−草津間で運行していた関西鉄道が奈良から大阪方面への路線延長を目論み、柘植から加茂経由で奈良市内に線路を延ばした大仏線の終点として、1898年4月に開業した。 翌年には奈良鉄道(京都−奈良)及び大阪鉄道(湊町−奈良)の終点である奈良駅まで延長され、奈良駅は3社の終着駅となった。 1900年には大阪鉄道が関西鉄道に合併され、関西鉄道はそれまでの名古屋−奈良・草津間から名古屋−大阪(湊町)間が主力となった。 関西鉄道は1905年には奈良鉄道も合併し、奈良周辺の路線は全て関西鉄道となった。 関西鉄道では勾配が25‰の大仏線の代わりに加茂から木津に直接入る線路を設け、1907年から使用を開始した。 これにより大仏駅は10年弱で営業が廃止された。
写  真

基本情報
 所  在  地 : 奈良市法蓮町986
            三角公園
 マップコード : 11383359*33
 建  立  日 : 1992年 4月
 建  立  者 : 奈良市
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2009年12月20日
碑 文 関西鉄道大仏駅について
明治二十八年に草津・名古屋間を全通した関西鉄道は、柘植から大阪方面への進出を計り、二年後の三十年十一月に加茂まで開通した。
ここから梅谷を経て黒髪山トンネルを下り、明治三十一年四月、この地の北側法蓮の交番所の南あたりに大仏駅を設置した。
この鉄道は、市民・観光客にも親しまれ、大仏詣での人達もこの駅で下車ひ一条通りを通って東大寺に参拝していた。 奈良駅へは、その年の十二月に到達したが、乗り入れが実現したのは翌三十二年五月であった。 その後、路線が木津経由に変更となり、明治四十年八月までの約九年間で廃止された。
昭和三十九年頃までは、トンネルも残っていたが、現在は取り壊されて当時の面影はいまは見られない。
                平成四年四月  奈良市


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