片町線の沿革とC11形機関車
碑の背景
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片町線は野崎にある野崎観音、四条畷にある四条畷神社への参拝客を目的として浪速鉄道により開通した片町〜四条畷間に接続させる形で関西鉄道が木津〜四条畷間を1898年に開業させ、名古屋〜大阪間のルートの一部となった。 しかし、関西鉄道は1900年に大阪鉄道を合併し、木津〜奈良〜王寺〜天王寺が名古屋−大阪間のメインルートとなり片町線は開業してすぐにローカル線となった。 1932年には片町〜四条畷間が電化され、1950年には四条畷〜長尾間、1989年に長尾〜木津間の電化により全線が電化された。 1997年にはJR東西線が開通した事により京橋−片町間が廃止され線名の基となった駅は無くなってしまった。
写  真
基本情報
 所  在  地 : 京田辺市田辺久戸
            京田辺駅東口ロータリー
 マップコード : 11857138*61
 建  立  日 : −−−
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 動輪碑
 撮  影  日 : 2009年12月17日
 
             片町線の沿革とC11形機関車
 1894(明治27)年、木津〜四条畷間が城河鉄道として認可され、翌年八月浪速鉄道の片町〜四条畷間が開通、4年後の1898(明治31)年6月新木津〜片町間が開通した。
 そのころ田辺駅付近は野中であったが、駅前に新しい道をつけるとともに、盛大な鉄道開通大祝賀会が催された。
 その年の9月には新木津〜木津間も開通し、片町線の全通となった。 当時使用された機関車は、イギリス製のタンク機関車であった。 その後、片町線を走ったC11形機関車は、1943(昭和18)年頃、奈良機関区に総勢11両が配置され、木津〜片町間の貨物列車と、木津〜四条畷間の客車列車で活躍し、全盛の時代であった。
 1951(昭和26)年、客車列車はディーゼルカーにかわったが、C11は1972(昭和47)年まで貨物列車を牽いて働いた機関車であった。
 この動輪と番号札は、当時活躍した、C11形機関車の一部である。

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