旧逢坂山ずい道東口
碑の背景
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1874年に開通した大阪〜神戸間の官設鉄道は1877年には京都まで伸延した。 この鉄道は敦賀まで延長する計画であったが、京都〜大津間を直線で結ぶには東山と逢坂山をトンネルで抜けなければならなかった。 しかしながら、東山は地質不良ということで京都から稲荷・山科を通り大谷に至る経路が選択されたが、大谷〜大津間は隧道を掘ることとなった。 この逢坂山トンネルは日本で最初に掘削された山岳隧道であり、建設にあたっては御雇外国人技師の力を借りず、日本人によって掘削された。 このトンネルの東口は現存しており、1960年に鉄道記念物となっている。 なお、西口は名神高速道建設の際に道路下に埋められた。

写  真

基本情報
 所  在  地 : 大津市逢坂1
 マップコード : 7598579*65
 建  立  日 : 1961年10月14日
 建  立  者 : 日本国有鉄道
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2005年 2月15日
(解説より)  このずい道は明治11年10月5日東口から、又同年12月5日西口からそれぞれ掘さくを始め、約1年8ヶ月の歳月を費して明治13年6月28日竣工したもので、大正10年8月1日線路変更により廃線となるまで、東海道本線の下り線として使用されていたものであります。
全長664.8mにおよぶこのずい道は日本人技術者が外国技術の援助を得ずに設計施工した、我が国最初の山岳ずい道として歴史的な意義をもつものであります。
坑門上部にある石額は竣工を記念して時の太政大臣三條実美の筆になるものであります。


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