三信鐡道建設工事殉職碑
碑の背景
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三信鉄道は飯田線の三河河合−天龍峡間を運営していた。 この区間は地形が急峻であるが、1929年に起工し、1932年には門島−天龍峡間、1933年には三河河合−東栄間が開通した。 全線が開通したのは1937年のことである。 この鉄道の開通により、豊橋から豊川鉄道、鳳来寺鉄道、三信鐡道、伊那電気鉄道と4私鉄を利用し辰野まで結ばれ、4社直通運転が行われた。 これらの4私鉄は1943年8月に戦時買収により国有化された。 
 「三信」の名は三河の国と信濃の国を結ぶ鉄道という事から、両国名の頭一文字をとって名付けられたものである。 

写  真
基本情報
 所  在  地 : 浜松市天竜区佐久間
 マップコード : 386606267*04
 建  立  日 : 1938年 8月
 建  立  者 : 熊谷三太郎
 種      別 : 慰霊碑
 撮  影  日 : 2006年 3月11日

裏側の碑文 三信鐡道ハ日本中部地方横貫鐡道幹線ノ一部ニテ專ラ南信ト三遠地方トノ最短連絡ヲナシ且天龍川沿岸地方ノ資源開發ノ重要ナル使命ヲ有シ昭和四年八月起工シ満八個年ノ星霜ト壹千七百萬圓ノ巨資ヲ投シテ同十二年七月竣工セリ線路ハ三河川合ヲ起點トシテ天龍峡ニ至ル延長六十七粁ニ過キサレモ其間山岳重畳地勢頗ル峻嶮ニシテ橋梁九十七個所隧道百七十一個所ヲ算シ其延長實ニ三十六粁餘ニ及ビ土工亦随テ大且難ニシテ地方鐡道中稀有ノ難工事タリ加之工事中屡屡暴風雨ノ災ニ遭ヒ隧道及切取築堤ノ崩壊トナリ工程ノ進行ヲ阻害セラレタルモ之ニ従事セル社員及請負關係諸員協力シテ其天險ト災厄トヲ克服シ所期ノ成功ヲ収メタルハ感歎ノ至リ欣快ノ極ナシト共ニ之等従事者中不幸ニシテ或ハ激湍ニ没セラレ或ハ崖壁ニ碎カレテ命ヲ損シタル五十有四名ノ貴キ犠牲ヲ追想シ此ノ工成ルニ當リ更ニ其ノ殉職諸員ヲ深悼スルノ念切切トシテ禁ズル■ハズ茲ニ請負者熊谷三太郎氏損資ノ下ニ碑ヲ建テ其由来ヲ誌シ以テ全員協力ノ功ヲ讃シ殉職諸員ノ氏名ヲ勒シテ永ク英靈ヲ弔慰スト云爾
昭和十三年八月建之  三信鐡道株式會社長従四位勲四等  吉原重成  誌
                株 式 會 社  熊 谷 組 社長  熊谷三太郎刻


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