豆相人車鉄道 熱海駅舎跡
碑の背景
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熱海は古くからの湯治の地であり、明治初期より保養地として政財界の要人が多数訪れていた。 しかしながら、東京からの交通機関としては1887年に国府津までの東海道線が開通し、1888年には小田原馬車鉄道が国府津−小田原−箱根湯本間を開通させた。 この為、小田原まで鉄道と馬車鉄道で来た人は、小田原から熱海まで徒歩か人力車に依っていた。 1890年人車鉄道の特許が下り、1895年には熱海−吉浜、1896年吉浜−早川、1900年早川−早川口が開業した事により東京から熱海まで交通機関がつながった。 この人車鉄道の熱海側の終点は現在の南明ホテルの所である。

写  真

基本情報
 所  在  地 : 熱海市咲見町8-3
            南明ホテル
 マップコード : 116654463*06
 建  立  日 : −−−
 建  立  者 : 熱海市
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2004年10月24日

解説文
 「豆相人車鉄道」は雨宮敬次郎氏と、地元の有志20余名の努力によって、明治29年(1896)3月、熱海−小田原間(25km)全線が開通した。 所要時間は4時間ほどであった。 この人車鉄道は定員6名あるいは8名の客車を3名の人夫が押すという、きわめて原始的なものであった。 明治29年当時の運賃は熱海から小田原まで、下等40銭、中等80銭、上等1円、3歳未満は無料、10歳未満は半額というものであった。
 「豆相人車鉄道」は日本最初のもので、明治40年(1907)12月、軽便鉄道にかわるまでの12年間、貴重な交通として利用された。

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