軽便鉄道駿遠線蹟
碑の背景
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静岡県内の東海道本線は焼津〜浜松間をほぼ直線で結んでいるため、太平洋から大きく離れている。 この部分に戦前、藤枝駅からの藤相鉄道が地頭方まで、袋井からの中遠鉄道が新三保まで、それぞれ路線を延ばしていた。 1943年の戦時統合によりこの両線は静岡電気鉄道等と統合され、静岡鉄道となった。 戦後、両軽便鉄道の線路を結ぼうという気運が生じ、1948年に両者は結ばれ、新たに駿遠線と呼ばれるようになった。 しかしながら、この路線は軽便鉄道で大量・高速輸送が行えず、高度成長下のモータリゼーションの波に飲み込まれ、1964年には一部路線の廃止が始まり、1970年7月に全線が廃止となった。 

写  真

基本情報
 所  在  地 : 藤枝市駅前1−8
 マップコード : 25030597*38
 建  立  日 : 1994年11月 3日
 建  立  者 : 青島史蹟保存会
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2009年 4月10日

碑 解 説   軽便鉄道駿遠線蹟
 明治二十二年、東海道本線藤枝駅が開業して、駅の周辺には商家が並び、人や物資が集まった。
 藤枝町出身の笹野甚四郎は、藤枝駅と藤枝町や農山村をむすぶ軽便鉄道の必要性を説き、藤相(とうそう)鉄道株式会社を創立し、大正二年、藤枝新駅、大手間を開業した。
 続いて北は岡部町、南は地頭方まで路線をのばし、バス路線も買収して事業を拡大した。
 戦後、中遠線と接続、駿遠(すんえん)線と改称、藤枝・袋井間六十四・六KMの日本一長い軽便鉄道となる。

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