信濃鉄道記念碑
碑の背景
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民間企業により開通した路線が国に買収されて国鉄(後のJR各社)になった例は多数ある。 多くの私鉄が同時に国有化されたのは1906年に公布された鉄道国有化法による17社と1941年に公布された改正陸運統制令により1943年から1944年にかけて買収された22社がある。
大糸線が買収されたのは1937年で1906年の法律、1941年の政令による買収とは異なっている。 大糸線の線名は信濃鉄道の終点である信濃大町と糸魚川を結ぶ国有鉄道として計画されたため、起終点の一字をとって名付けられた。 この線が全通した暁には日本海から太平洋まで線路がつながるが、その間に民営鉄道が入ると列車の直通等に支障があるために買収されたものである。

写  真

基本情報
 所  在  地 : 大町市大町仁科町
             信濃大町駅 裏側
 マップコード : 158883716*52
 建  立  日 : 1937年11月15日
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 設置碑
 撮  影  日 : 2005年 3月 5日

碑  文 信濃鐡道株式会社ハ明治四十五年三月松本市ニ創設セラレ大正二年四月鐡路ヲ起工シ同四年十一月全線ヲ開通セリ即チ松本市ヲ起點トシ豊科穂高有明常盤ヲ經テ大町ニ達スル延長二十二哩餘ノ軌道ナリ沿線ハ安筑地方ノ沃野ニ在ルモ本中央山脈ニ属シ交通便ナラズ為ニ文化ノ恩恵ニ浴セズ運輸機関ノ整■ハ地方人ノ夙ニ翹■セシ所ナリ斯界ノ先覺才賀藤吉氏此ニ見ルアリ奮起其事ニ當リシガ時利ナラズシテ勇退セリ大正三年六月今井五介氏社長ニ折井政之丞氏副社長ニ就任シ歴代重役ノ協力ト地方有志ノ援助トニ頼リ遂ニ其竣■ヲ見ル大正十四年四月運轉動力ノ電化ト共ニ業務ノ刷新ヲ行ヒ漸ク業績ヲ舉グルヲ得タリ偶々國有鐡道大糸線ノ全通目睫ニ迫リ本社ノ前途亦大ニ有望ナラントスル際本鐡道ハ政府ノ買収命令ニ接シタルヲ以テ本社ハ國有鐡道ノ本義ヲ尊重シテ直ニ之ニ應ジ昭和十二年六月一日其經營ノ一切ヲ移管シテ本鐡道ノ使命ヲ完了セリ
顧レバ本鐡道創業ノ當時ハ資本金六十萬圓ナリシヲ大正六年増資シテ壹百貮拾萬圓全額拂込トナシ大正十三年更ニ資本金参百万圓ニ増加セリ爾来経済界ノ消長ト共ニ屡々難問ニ遭遇セシモ毎ニ之ガ對策ヲ講ジ地方産業ヲ發達セシメ或ハ中部山岳所謂日本アルフス連峯ノ開發トナリ或ハ信濃公堂ノ設立トナリテ夏季大學開講ヲ促進シ之ヲ北安曇郡ノ公共國體ニ寄附スル等文化ノ進展ニ貢献セシコト指※スルニ暇アラズ惟フニ本鐡道ノ移管ト共ニ大糸線竣成ノ暁ニハ本邦ノ中央ヲ横断シテ北陸東海ヲ通貫シ日本海ト太平洋トヲ連絡セシメテ其咽喉ヲ扼シ國防及ビ産業ノ重大使命ヲ荷フニ至ルベク而シテ是レ實ニ本社ノ本懐トスル※ナルベシ茲ニ本社ノ沿革ト使命完了トヲ石ニ刻ムハ信濃鐡道株式会社ヲ永遠ニ記念スル所以ナリ
昭和十二年十一月十五日       鐡 道 大 臣 従三位 勲ニ等 中島知久平 撰
                        文部省嘱託 従五位 勲六等 岩 垂 憲 徳 書

碑文文意 信濃鉄道株式会社は明治45年(1912年)松本市に創設された。 大正2年(1913年)4月鉄道を起工し大正4年(1915年)11月に全線開通をした。 すなわち、松本市を起点として、豊科、穂高、有明、信濃常盤を通り、信濃大町に至る延長22マイル(35.2Km)あまりの鉄道である。 その沿線は安筑地方の肥沃な土地であるにもかかわらず、本中央山脈に属しており、交通の便が悪い為に文化の恩恵に浴していない。 運輸機関の整備は地方に住む人が、早くから熱望していた所である。 その分野の先覚者である才賀藤吉氏が此れを見て奮起し、鉄道建設に当ったが、時が味方をせずに勇退した。 大正3年6月に今井五介氏が社長、折井政之丞氏が副社長に就任し、歴代重役の協力と地元有志の援助を頼りに遂に竣工をした。 大正14年(1925年)4月運転動力を電化すると共に、業務の刷新を行い、ようやく業績を挙げることが出来た。 たまたま、国有鉄道大糸線の全線開通(1957年8月)を目前に迫り、本社の前途もまた大いに有望になろうとする時、本鉄道は政府による買収命令に接した。 このため、本社は国有鉄道の本義を尊重して、直ちに買収命令に応じ、昭和12年(1937年)6月1日にその経営の一切を移管し、本鉄道の使命が完了した。
顧みると、本鉄道創業の当時は資本金60万円であったが、大正6年(1917年)に増資を行い120万円全額の払い込みとし、大正13年(1924年)には更に資本金を300万円に増加させた。 それ以来、経済界の盛衰と共にしばしば難問に遭遇したが、その都度対策を講じ、地方産業を発展させ、一方では中部山岳のいわゆる日本アルプス連峰の開発となり、さらに信濃公堂となって夏季大学開講を促進しこれを北安曇郡の公共施設として寄付する等文化の進展に貢献する指摘するいとまもない。 推察すると、本鉄道の移管と共に、大糸線竣工の暁には本邦の中央を横断して北陸・東海を通貫し、日本海と太平洋を連絡させ、その交通の要衝にあたる通路となり、国防及び産業の重大なる使命を担うこととなる。 このことは實に、本社の本意とするところである。 信濃鉄道株式会社を永遠に記念するため、此処に本社の沿革と使命完了を石に刻む(石碑として残す)。
昭和12年11月15日  鉄 道 大 臣 中島知久平 撰(碑文をまとめる)
                文部省嘱託 岩 垂 憲 徳 書


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