東武鉄道旧線路跡
碑の背景
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 東武鉄道伊勢崎線は路線延長1114.5kmでJRを除くと、一路線で日本最長の営業キロとなっている。 この路線で最初に開業した区間は北千住−久喜間で1899年8月のことであった。 浅草方には1902年には北千住から業平橋まで延長され、1910年3月に浅草駅が開業した。 伊勢崎方も逐次、路線を延長させ、浅草駅が開業した年の7月には伊勢崎まで開業し、浅草−伊勢崎間がレールで結ばれた。
 この年(1910年)の8月11日、日本に接近した台風による集中豪雨により、隅田川をはじめとして主要河川が氾濫し関東平野一面が水浸しとなった。 この災害により死者・行方不明が1379名、家屋の全壊や流出が5000戸、床上や床下への浸水が52万戸弱と云う大災害となった。 この被害に対して政府は1911年に首都の水害対策として荒川放水路の建設を決定した。 荒川放水路の建設工事は当初計画の10年を越える難工事となり、完成には17年の歳月を要した。
 この荒川放水路建設工事の計画地に東武伊勢崎線の一部が入っており、鐘ヶ淵〜北千住〜西新井間の路線で路線変更が必要となった。 この工事が終わり、現行ルートに路線が切替ったのは1924年7月のことである。 このルート変更では電化工事も並行して施工された様で、1924年10月には浅草−西新井間が電化されている。

写  真
 
基本情報
 所  在  地 : 足立区梅田6−5
           梅田郵便局そば三叉路
 マップコード : 3051873*78
 建  立  日 : 1974年10月
 建  立  者 : 足立区
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2005年 1月 7日

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