北池袋駅開設記念碑
碑の背景
コメント
東武東上線で池袋から1駅目が北池袋である。 駅の改札を出ると右手にこの碑はある。 碑には「北池袋駅」と書かれて居り、現在もその名で呼ばれているが、この駅が開業した1934年5月には東武堀之内駅と呼ばれていた。 碑文にもあるように1945年4月13日の東京大空襲で駅舎は灰塵と帰し、同年5月20日には休止、更に1947年8月29日には廃止となった。 その後、再開運動により1951年9月1日に再開されたが、その際の駅名は北池袋となった。 旧名の堀之内と云う地名は多く、堀之内と名乗る駅は現在でも上越線に越後堀之内、北堀之内、京王相模原線に京王堀之内、京浜急行に堀ノ内と4か所もある。 この駅が再開された1951年には東海道本線の菊川駅も堀ノ内と名乗っていた。 また、旧名の堀之内と云う地名は1932年に上池袋と変更されている。 この様なことが駅名を北池袋とした要因と思われる。 この駅の南約700mの所には山手線の上を明治通りが通っているが、この橋は堀之内橋と呼ばれている。 

写  真
 
基本情報
 所  在  地 : 豊島区池袋本町1-36-6
           北池袋駅前
 マップコード : 851522*05
 建  立  日 : 1951年11月
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 開通・開駅碑
 撮  影  日 : 2008年 7月11日
碑裏面 この駅はもと東武堀之内とよばれていた
東武堀之内駅は東上線が池袋・志木間の複線工事を施工した際新設されたもので當時田中初太郎氏を會長とする東武堀之内驛設置期成同盟會が専ら奔走盡力せられ昭和九年五月一日に開業式が挙行せられている
この驛は昭和二十年四月十三日の大空襲によって灰塵に歸し附近一帯も亦焼野原となった
爾来同年八月十五日終戦を迎えてより五星霜この地の復興めざましく漸次大池袋の北門たるの様相を呈して来たので地元の長老浦邊佐太郎氏は有志を謀って驛復活助成會を結成してこれが再興に尽瘁せられ遂に昭和二十六年九月一日北池袋驛の再開を見るに至った
ここに北池袋驛の由来と再開功労者の氏名を記して将来に告げんとするものである
   昭和二十六年十一月

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