地下鉄サリン事件プレート |
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碑の背景 コメント |
1995年3月20日、会社で机に向かって仕事をしていると、社内放送が入り、人事より都内への出張は見合わせるようにとの内容であった。 昼にTVを見ると多数の方が被害に遭われた状況が映し出されていた。 事件はビニール袋に入れられた液体のサリンを千代田線・丸ノ内線・日比谷線の5本の列車内に置き、傘でビニール袋に穴を開ける事により、有毒ガスを拡散させるというテロであった。 このテロにより駅員を含め13名の方が亡くなられ、6000名以上の方が負傷された。 サリン中毒に対する解毒剤で都内にあったものはすぐに使い果たされ、全国の病院・医療品卸商に対し解毒剤の緊急提供依頼が発せられ、最寄りの新幹線停車駅まで持ち込み新幹線こだまに乗車している者に引き継ぐことで都内まで輸送する方法もとられた。 この事件はオウム真理教が引き起こしたもので、首謀者である麻原彰晃と実行犯に対して東京地裁は死刑判決を行っている。 |
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写 真 基本情報 |
所 在 地 : 千代田区霞が関二丁目 霞ヶ関駅構内 MapCode : 615314*24 建 立 日 : 1996年 3月 建 立 者 : 運輸本部有志一同 種 別 : 事件碑 撮 影 日 : 2008年 6月18日 |
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碑 文 | 平成七年三月二十日 午前八時すぎ地下鉄サリン事件が発生した。 丸ノ内線 日比谷線 千代田線の都心に向かい五本の電車に持ち込まれた有毒ガスは十一人の犠牲者と六千人に及ぶ被害者を出す惨劇を引き起こした ここ 千代田線霞ヶ関駅では 五番線に到着した我孫子発 代々木上原行最前部車両の床にある異臭を放つ液体を処理した職員二人が死亡した。 的確な判断により 多くの乗客の命を守り殉職した高橋一正 菱沼恒夫両氏の安全輸送に懸けた功績をたたえ 我々営団地下鉄職員の誇りとしてここに記す 平成八年三月 運輸本部有志一同 |
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