新設白岡車站之碑
碑の背景
コメント
白岡駅の西口にある道路の向かい側に植え込みに囲まれてこの碑は建立されている。 白岡駅は大宮−宇都宮間が開通して25年後の1910年になって開設された。 駅の開設にあたって地元では1907年に駅設置の嘆願書が出された。 その翌年の1908年に白岡信号所が設けられた。 白岡信号所は2年後の1910年に駅に昇格した。

写  真
 
基本情報
 所  在  地 : 南埼玉郡白岡町小久喜
            白岡駅前
 マップコード : 45035670*65
 建  立  日 : 1910年 5月
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 開通・開駅碑
 撮  影  日 : 2008年 2月14日
碑  文
碑横の   
教育委員会
による解説
  白岡駅と車站之碑 
 明治維新後、国は輸送手段の一大改革として鉄道建設を推進し、その一環として1885年(明治18)7月、日本鉄道会社により大宮−宇都宮間が開通しました。 しかしその際、白岡駅は設置されませんでした。
 そのため、地元有志は交通の利便化と産業の振興を願って、日本鉄道や帝国議会に駅の設置を請願市、駅用地の寄付も行いました。 しかし、その後の日露戦争(1904〜1905)で設置は遅れ、再三の請願の結果、1910年(明治43)2月11日になってようやく駅が開設されました。 駅名は白岡八幡宮から名をとって「白岡駅」とされました。
 「新設白岡車站之碑」は駅開設の5月に立てられたもので、開設までの苦労や、駅開設後に人々が利益追求に走ることを心配する内容などが、久喜の漢学者中島撫山の撰文により刻まれています。 また、記念碑の寄付人名には久喜、岩槻、蓮田の人々も含まれ、周辺地域の人々も白岡駅開設に関心の高かったことがうかがえます。
   平成13年6月    白岡町教育委員会

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