感謝之碑
碑の背景
コメント
1897年の水戸−久慈川開業以降、瓜連、常陸大宮、山方と逐次延長されてきた水郡線は1921年に大子まで延長するために測量が開始された。 この時、西金には駅設置の計画は無かった。 この為、西金地内の住民が駅設置に奔走した結果が1926年の駅開となっている。 この成果として駅前に「水郡線西金駅増設記念之碑」として残されている。  この感謝之碑は西金駅増設記念之碑の横に有るが、この碑が建立されたのは駅が開業した35年後である。 通常、駅に関する記念碑は開業時の他はXX周年記念として建立されているが、35年目と言うのはこれまでに見かけていない。 何故、この様なタイミングで建立されたのであろうか?
写  真   基本情報
 所  在  地 : 小美玉市栗又四ヶ
 マップコード : 112325698*27
 建  立  日 : 1961年 8月
 建  立  者 : 押長道太郎
             外 有志
 種      別 : その他の碑
 撮  影  日 : 2010年12月17日

碑  文 大正十年大郡線常陸大宮大子間の鉄道路線測量が開始された時西金地内には停車場の予定がなかった。 これを知った西金区民は一致団結して駅増設運動に立上り長老神長道之介小野瀬英小室隆の三者先頭に立ち寝食も忘れ家業も放棄し鉄道省其他関係方面に陳情すること実に数十回其間石井三郎根本正両代議士等の支援に続く貴族院議員大津淳一郎氏の献身的な奔走に依り運動開始五ヶ年にして漸く駅増設の決定を得た。 駅の敷地及び県道附替工事は地元民負担となったので西金区民は勿論新畑、川下、大内野、土原、黒丸、北富田の各部落民は連日総出の労働奉仕を続けて遂に大正十五年三月二十一日西金駅の開通を見た。之偏に大津先生始め諸先輩の絶大なる協力と各部落民不退転の熱意と団結に依る成果である。
茲に当駅開設の由来を記し前記各位に感謝して後世に伝う
昭和三十六年八月  押長道太郎
               外有志一同


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