鐡道之碑
碑の背景
コメント
水戸駅は1889年1月に水戸鉄道の手により小山−水戸間が開通した際に設けられた。 水戸鉄道は1892年に日本鉄道に譲渡され、1895年には日本鉄道により土浦−友部間が、1896年には田端−土浦間が開通し、土浦線により東京と直接結ばれた。 この記念碑は東京と直接結ばれた事を記念して建立されたものである。 
碑自体は1945年8月の終戦直前に戦災にあって崩壊し、1964年に再建されたものである。

写  真

 
基本情報
 所  在  地 : 水戸市宮町一丁目
            水戸駅北口駐車場横
 マップコード : 47132198*52
 建  立  日 : 1897年 4月
 建  立  者 : 
 種      別 : 
 撮  影  日 : 2009年 1月20日
碑  文 大哉鐡道之功也如其處通則風氣以 開知巧随進産興貨輳人烟加稠焉乃 
今之賑區則袰之寂莫郷也而昔之偏 隅境則今既為通邑會矣今見水戸鐡 
道而洵知其功之然也初故安田本縣 知事以我水戸僻在海隅而處世運漸 
晋之時察其設鐡軌之極為急務一日 謀之豪商川崎翁翁甚是其挙又以謁 
於舊藩候徳川公公亦大賛之使家令 長谷川清就水戸与知事倶會有力者 
胥謀於是布設議起矣然以其事固屬 大業或論其利害異議百出不至輙決 
會同協議勧誘切至衆議始定乃置會 社於水戸請鐡道事務官足立太郎委 
計画及土工之事遂以明治二十年十 月起工其為工也鑿山架川事業頗難 
而■踰周歳克竣厥功實由足立氏勉 勞云其為線起於水戸柵町蜿蜿西走 
至栃木縣小山以継日本鐡道線路乃 盛挙祝典以開業實二十二年一月十 
六日也降翌年十月           鳳輦幸水戸御停車場

日本の鉄道碑(日本経済評論社 網谷りょういち著) P235より転記

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