鍋島翁頌徳碑
碑の背景
コメント
 東京の石材商である鍋島彦七郎は明治30年に稲田石の採掘権を得た。 ここで採掘した稲田石を鍋島商店特有花崗石として売り出したが、その石を東京に輸送するために、既に開通していた水戸線を利用する事にした。 しかしながら、最寄駅である笠間までは3km以上ある為、鍋島彦七郎は地元民と協力して日本鉄道に駅の用地を提供し、1897年に貨物駅として稲田駅が開業した。 稲田駅は翌年から旅客も扱う様になった。
 鍋島翁の頌徳碑は稲田駅前にあるが、写真の様に階段の先には根本だけが残された石があり、その左に碑文が書かれた石碑が立っている。 鍋島彦七郎で検索すると、輝く茨城県の先人たちとして、ヒットするページがある。 そこには頌徳碑が破損する前の写真が残されている。 その写真を見ると、根本だけ残された石は高さが左側にある碑文が書かれている石碑の2倍位の高さで、「鍋島翁頌徳碑」と書かれていた。
  
写  真
  
基本情報
 所  在  地 : 稲田駅前
 マップコード : 188101752*24
 建  立  日 : 1906年 5月
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 顕彰碑
 撮  影  日 : 2012年 8月21日

碑  文 鍋島翁頌徳碑記                              
鍋島翁稱彦七郎備後美郷人少壮為石匠有材識其執業■利務期遠大
非尋常商賈之流也明治二十九年與常陸人塙豊樹武藤藤兵衛笹目宗
兵■等胥謀採花崗石於稲田稲田属西茨城郡僻在山間逕窄谷深■有
美材出之極難矣翁之創業於此地也専傭村人以充使役村人亦喜為之
用於是拓荊榛築鐵路不期年而運輸之利大挙所獲石材亦頗良好較之
■備諸州所産其質佳而其價廉未幾稲田花崗石之名益著焉翁又請於
我日本鐡道會社為納土地新置車站會社従之經営竣工今乃所謂稲田
停車場是也自是之後不唯得石材轉運之便四邊居民亦皆蒙其利澤矣
嗚呼如翁可謂善謀公益者也歟今茲丙午五月知人故舊相議醵資将建
碑以頌其功徳囑余以文余竊多其業之偉而此擧之美也不敢以不文辞
乃叙事歴梗概以為碑記云                          
   明治三十九年五月                            
     日本鉄道株式會社取締役営業部長 長久米良作撰併書   
 
 
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