開駅之碑
碑の背景
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磐越東線は東西両側から工事が進められ、1914年7月に先ず郡山−三春間が平郡西線として開業した。 翌年の3月には平郡西線が小野新町迄延長されると共に、7月には東側の平−小川郷間が平郡東線として開業した。 平郡東線と平郡西線を結ぶ小川郷−小野新町間が1917年10月に開業し、線名が磐越東線と改称された。 菅谷駅は全線開通から27年後の1948年になってようやく開業した。
写  真   基本情報
 所  在  地 : 田村市滝根町菅谷
 マップコード : 300647710*11
 建  立  日 : 1951年10月10日
 建  立  者 : 菅谷振興会
 種      別 : 開通・開駅碑
 撮  影  日 : 2010年 8月28日
碑  文 大正四年平郡山間鉄道開通の時當地に停車場設置なかりしを遺憾とし郡会議員吉田寅蔵氏等 有志と共に期成同盟会を組織し停車場設置請願と石灰山開発の運動を起せり爾来三十有余年 時移り人替ると■も初志貫徹の為奔走止むことなく陳情請願実に十数回に及べリ終戦後情勢 の変化に伴ひ昭和二十二年八月前町長郡司宗秋氏等発企となり菅谷振興会を結成し決意を新 にして目的達成のために全力を盡せり幸にも運輸當局の認むる處となり数次に亘る調査の結果 昭和二十三年三月三十一日附を以て停車場及附属用地三千七百九十坪駅舎並に附属建物十二 棟百十五坪外一切の施設を寄附すべき条件にて請願は採擇されたり■の快報に接したる地元 住民は戦後日尚浅く物心共に末だ平かならざるの時にも拘らず傳統の菅谷精神を発揮し欣然 として全施設の負担と施行の方法とを熱議決定し直ちに着工以来行程は順調に進捗し之れが 総経費三百万円協力人夫延二千五百人を要して九月三十日予定の通り竣功し寄附採納の手続 を完了せり依て當局は菅谷駅と命名し翌十月十日より旅客手小荷物及小口扱貨物の業務を開 始し越えて昭和二十五年六月側線新設に依り七月よ■車扱貨物をも取扱ふ事となり茲に全て 地方民多年の要望は達せられ交通文化の惠■に浴するを得たり今や日本経済再建の途上 た貴重なる大資源を無限に包蔵する阿武隈山系の開発と大滝根山一帯の景勝地及び天然記念 物入水鍾乳洞の観光等に最も重要なる地位を占むる當駅の将来に期して■つべきものあり 斯の時に當り本事業に盡力されたる先輩諸子の偉大なる功績を讃え併せて運輸當局の理解と 指導並に事業関係方面の援助に敬意を表すると共に隣接町村民各位の友情と地元民一同の■ 大なる協力殊に委員諸氏の親和協同の労とに感謝の意を表し又當駅を中心とする資源開発を 産業振興の祖業完成を将来の有志に信頼して■の事績を永久に記念す
   昭和二十六年十月十日
                開業三週年記念日
                           菅谷振興会  会長鈴木兵吉撰並書

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