殉職之碑
碑の背景
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1948年(昭和23年)4月27日午前0時4分、赤岩から庭坂に向かって走行していた急行列車が馬洞門トンネルを出てR300のカーブにさしかかったところで脱線転覆し、機関士・機関助手・技師の3名が亡くなった。 この列車に使用されていた機関車は4110形という福島・米沢間専用に作られた動輪が5軸のタンク式が逆行(運転室が先頭になる)で使用されていた。 この為、列車が脱線したことにより真っ先に運転室がダメージを受けたものと思われる。 列車が脱線した地点ではカーブの外側のレール継目板が外され、犬釘が抜かれていた。 碑の横にある副碑には事故原因はいまだに解明されていないと書かれている。
 この事故が起こった翌年にはこの地点から南東に15kmの松川において、この事故と同じ様にレールの継目板が外され、犬釘が抜かれていたことにより列車が脱線転覆する事故(松川事件)が発生している。
写  真   基本情報
 所  在  地 : 福島市町庭坂坂ノ下
 マップコード : 76090278*66
 建  立  日 : 1948年 8月27日
 建  立  者 : 庭坂機関区職員一同
 種      別 : 慰霊碑
 撮  影  日 : 2014年 8月26日
碑  文    昭和弐拾参年四月弐拾七日午前零時四分第四〇二列車運轉中
   脱線顛覆の為め職に殉ずる
      機関士   管野弘道  行年 弐拾七歳
      機関助手 三浦忠男  行年 弐拾一歳
      技工     山本 孝  行年 拾九歳
       庭坂機関區員一同建立  庭坂村長菅野聖瑞謹書
   
 副碑
(碑の横 
  にある)
    殉職之碑誌
 昭和二三年西暦一九四八年四月二七日未明 青森発上野行急行旅客列車が買出人等千二百余名を乗せて走行中 右の電柱付近で脱線し機関車は顛覆して道路の上から約30米滑り落ち 巨大な岩石に激突して大破し その破片が執務中の三名の全身を直撃したヽめ生命を断れて殉職しました
事故の原因は今だに解明されておりません
  発起人
  (八名の名前は略)
  平成九年九月 紺野健一郎謹書
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