謀略 忘れまじ松川事件
碑の背景
コメント
1949年8月17日午前3時10分頃東北本線松川−金谷川間を走行していたC51133が牽引する上野行上り列車が脱線・転覆し機関車の機関士と機関助手2名の3名が亡くなった。 脱線現場では線路の継ぎ目板が外され、犬釘も多数抜かれているのが発見された。 捜査当局では、この犯人として東芝松川工場労組、国労、共産党の共同謀議として組合関係者20名を逮捕・起訴したが、これらの方々は二審で3名、最高裁で17名の無罪が確定した。 この事件が発生した昭和24年には、7月5日に下山事件、7月15日に三鷹事件が発生しており、この3件の事件を国鉄三大ミステリー事件と言われている。
この碑は事件発生50周年を機にJR東労組により建立されたものである。
写  真
 
基本情報
 所  在  地 : 福島市美郷
 マップコード : 129882523*23
 建  立  日 : 1999年12月 8日
 建  立  者 : 東日本旅客鉄道労働組合
            会長   松崎 明
 種      別 : 周年碑
 撮  影  日 : 2010年 8月28日
碑  文  時代の色に染まらない。 時の流れに流されない。 それは理性に導かれた民衆の抵抗を意味する。
 権力者は民衆の犠牲の上に君臨し「国家・国民のため」と大うその御託宣をくだす。
 法律を支配者のために作り、都合よく解釈し、国家の暴力装置としての軍隊・警察等を使い、公然たる弾圧、抑圧をくりかえす。
 さらに非公然の不法の攻撃をしかける。
 権力側に与しない者は、それを謀略と規定する。 権力の広報部になり下がったマスコミは「過激派のしわざ」と煽り立てる。
 この地松川で何者かが列車を転覆させた。
 三人の機関車乗務員が尊い生命を奪われた。 敗戦をへた日本の夜明けは、暗黒の道へ引きもどされた。 この年一九四九年、共産党の「九月革命説」は権力側に利用された。
 松川謀略から五〇年、日本は新たな戦前史を形成した。 平和憲法は瀕死の状況にある。 デッチ上げられ、死刑判決まで受けながら一五年間の不屈の闘いを勝ち抜いた先輩達に最大の敬意を捧げ、犠牲者の冥福を祈り、平和の誓いも新たに五〇年碑を建立する。
            一九九九年一二月 八日
              東日本旅客鉄道労働組合    
              会長        松崎 明
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