開駅之碑
碑の背景
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磐越東線は東西両側から工事が進められ、1914年7月に先ず郡山−三春間が平郡西線として開業した。 翌年の3月には平郡西線が小野新町迄延長されると共に、7月には東側の平−小川郷間が平郡東線として開業した。 平郡東線と平郡西線を結ぶ小川郷−小野新町間が1917年10月に開業し、線名が磐越東線と改称された。 この碑文では文頭で「磐越東線鐡道開通セラルルヤ巌江村ノ中央ヲ横断スルモ停車場ノ設置ナカリキ・・・」と書かれているが、舞木駅は平郡西線が三春まで開業した1914年7月に中間駅として設置された。 この事から、当初計画では郡山−三春間に駅設置計画は無かった様で、1912年10月に村会議で停車場誘致を決め諸活動を、誘致活動を始めた。 これが功を奏し、無事、三春まで開業した際に舞木駅も設置された。 しかしながら、駅が設置された時点ではこの碑は建立されておらず、碑が建立されたのは、平郡東西線が結ばれ、磐越東線と改称されてた後で、開駅から16年経った1930年の事であった。 


写  真   基本情報
 所  在  地 : 郡山市舞木町
 マップコード : 61892617*60
 建  立  日 : 1930年11月
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 開通・開駅碑
 撮  影  日 : 2010年 8月28日
碑  文         鉄道大臣正三位勲一等江木 翼 閣下篆額
磐越東線鐡道開通セラルルヤ巌江村ノ中央ヲ横断スルモ停車場 ノ設置ナカリキ茲ニ於テ村長薄井學三郎氏深ク之ヲ遺憾トシ大 正元年十月村會ヲ召集シ協議ヲ重ネ満場一致大字上舞木字平出 停車場ヲ設置スルコトニ決シ直ニ利害關係ヲ有スル隣接村ニ 妻逢隈二ケ村ノ同意ヲ得テ請願書ヲ鐡道院ニ提出シ委員貮拾貮 名ヲ選任シ設置運動ニ着手セリ然ルニ工事ニ要スル敷地建物移 轉土地買収等ニ関シテハ意外ノ因難ニ遭ヒ加之村長薄井學三郎 氏病臥退職スルノ止ムナキニ至リ續イテ新田義太郎氏村長トナ ルヤ労務委員兼會計タル青山學三郎氏ハ之ガ完成ヲ期スルハ事 容易ナラザルヲ覺悟シ奮然トシ萬難ヲ排シ斡旋努力幸イニシテ 土木請負業梶塚半蔵氏ノ後援ヲ得テ其基礎ヲ固メ全委員ト共ニ 協力一致千辛萬苦或ハ有志ノ寄附ヲ募リ或ハ資金ヲ銀行ニ仰キ 遂ニ大正三年七月工事ヲ完成シ仝七月二十一日鐡道院ノ許可ヲ受 クルニ至レリ右ニ要シタル土地ハ壹町五反餘歩家屋移轉二戸総 經費金六千圓以上ニ達セリ今ヤ運送店郵便局ヲ始メトシ店舗相 接シ貨物ノ集散乗降客ノ増加日ヲ遂ウテ盛ニシテ實ニ地方發展 ニ資スル所少カラス頃日本村駐在所巡査佐藤榮太郎氏此事業ノ 地方開發ニ致セル功績ノ顕著ナルを認メ本村消防組ト共ニ開驛 記念碑建設ノ發起トナリ有志ノ寄附ヲ募リ碑ヲ建設シ該事業ヲ 後世ニ傳フル所以ナリ  昭和五年十一月
        衆議院議員海軍参事官正五位

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