久慈駅抄記

碑の背景
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八戸から建設が始まった八戸線は種市、陸中八木と延長を進め、1930年3月27日に久慈駅まで全通させた。 1975年には久慈線として久慈−普代間が開通した。 この記念碑では久慈駅の歴史が1977年の新駅舎竣工まで記されているが、この後、1984年には久慈線が宮古まで延長されると同時に三陸鉄道北リアス線として再出発する事になった。 また、八戸線も1987年には国鉄から東日本旅客鉄道株式会社に移管された。 

写  真

 
基本情報

 所  在  地 : 久慈市中央
            久慈駅前
 マップコード : 296 077 447*85
 建  立  日 : 1978年 5月 4日
 建  立  者 : −−−−
 種      別 : その他の碑

 撮  影  日 : 2014年 8月25日

碑  文       久慈駅抄記
  昭和 5年 3月27日 八戸線久慈駅として竣工開通
  昭和20年 4月17日 旧久慈町大火にて駅舎類焼し仮駅舎により営業
  昭和50年 7月20日 久慈線開通 久慈−普代間部分営業
  昭和52年12月21日 鉄筋コンクリート 二階建 新駅舎竣工営業開始

       解 説
  講道館十段故三船久蔵先生の妙技「隈落し」
    先生は明治十六年当市に生まれ、同三十六年講道館に入門、以来精進
    練磨の結果 柔道の真髄は「無理のない真理の実証にある」と自然体を
    説き 隅落し(空  気投げ)球車等の技を案出した
    因みに先生は斯道一筋の功により国の文化功労者と当市の名誉市民と
    仰がれ、亦世界の三船と明治・大正・昭和の三代に其の大いなる足跡を
    遺し昭和四十年  (1965年)八十二才の天寿を全うした
         昭和五十三年五月四日建立


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