栄えゆく弘南の碑 |
||
碑の背景 コメント |
弘南鉄道は弘前と黒石を結ぶ弘南線と弘前中央と大鰐を結ぶ大鰐線から構成されている。 最初に開業した区間は弘南線の弘前−津軽尾上間で1927年9月7日の事であった。 1950年7月には津軽尾上−黒石間が開通し弘南線が全通した。 1952年1月に弘前電気鉄道が大鰐−弘前中央間を開業させたが、1970年に経営権を弘南鉄道に譲渡し弘南鉄道大鰐線となった。 1984年4月には国鉄黒石線川部−黒石間を譲受けて黒石線としたが1998年に黒石線を廃止し、現在の形となった。 |
|
写 真 基本情報 |
所 在 地 : 平川市本町8 MapCode : 323 877 803*17 建 立 日 : 1962年初秋 建 立 者 : 弘南鉄道株式会社 種 別 : 周年碑 撮 影 日 : 2015年07月03日 |
|
碑 文 | 交通の発達は文化を進め産業興す 米とりんごのよくみのる津軽の沃野を縦貫する 弘南鉄道の開通は昭和二年九月七日であった ここ平賀一帯は鎌倉時代に開拓され津軽内陸部 では最も早くより栄えた地であったが その後 時運に恵まれず津軽氏一統以降は純農村として 三百七十有余年の久しきに及んでいる 由緒あるこの地の素封家に生を享けた初代社長 菊池武憲翁は地方発展のため長年心魂をくだき 見分をひろめ鉄道の建設を一念発起しその堅固 な信念を地方人士によびかけこれに応えた有志 と相共にあらゆる困難を排し遂にその実現を見 るに至った 時あたかも初秋の大空に岩木の秀峰がそびえ地 には見渡す限りの豊かな稲田が黄金の穂波をう ちりんごは園ふかく枝もたわわに色そめていた 汽笛一声開通を告げた弘前市と南津軽郡を結ぶ 弘南鉄路のひびきは沿線の人々の歓喜をよび古 き歴史に新しい息吹きの一頁をしるした 顧みれば農村の不況また風水害の難を蒙ること 数回しかしよくこれを克服し さらの乗合自動 車業をも営み大東亜戦時下バス統制に呼応して 姉妹会社の弘南バス株式会社を設立 全津軽の バス網を掌中におさめてゆるぎなき基盤を築き 上げたのである 一方終戦後はこの鉄路をして県下初の電化と黒 石までの延長に踏み切り■代社長宮川久一郎翁 西谷嘉三郎翁等の絶大なる努力によってこれを 完成し沿線一帯の産業文化の振興に一層の貢献 をなし来つた かくして三十有五年の歳月は過ぎた いま茲にあらためて先覚者諸氏の労苦に感謝と 敬意を表し併せてこの事業を継承する人たちは 幾久しくわがふるさとを走るこの鉄路に今日も また繁栄と安泰を祈念するもので 開業三十五周年の記念に際し 弘南鉄道株式会社 取締役社長 阿部惣庄衛門 |
|
戻る |
||