月寒駅跡
碑の背景
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月寒駅は北海道鉄道が開通した1926年に開設された。 駅自体は白石村にあったが、駅舎は豊平町月寒側に設けられたことにより「月寒と名付けられた。 駅駅が設けられた時の地名は「つきさっぷ」と呼んでいたが、1944年に豊平町議会等が地名の読み方を「つきさむ」と変更した。 しかしながら、国鉄では駅が廃止されるまで「つきさっぷ」と読み続けていた。
月寒駅のあった千歳線は1973年9月に線路付け替えとなり、月寒−北広島間が廃止となり、月寒駅も旅客営業を廃止した。 1976年には貨物営業も廃止され、月寒駅は廃止された。 旧千歳線の廃線跡はサイクリングロードとして再利用されているが、廃線跡はこの碑の後ろにある建物の裏側となっている。
写  真
 
基本情報
 所  在  地 : 札幌市白石区栄通4丁目
 マップコード : 9 438 504*25
 建  立  日 : 1991年 5月
 建  立  者 : 北海道
            アサヒビール株式会社
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2012年 8月31日
碑  文       旧国鉄月寒駅跡地 由来
月寒駅は大正15年8月21日北海道鉄道千歳線の開通と同時に、この地において開業した。 その後昭和18年に旧国鉄が買収し、国鉄月寒駅となり、開業以来約半世紀にわたり、白石の地の主要駅として親しまれた。
昭和48年9月千歳線の切替後は、最寄のアサヒビールの積出し駅となったが、昭和51年10月1日その歴史を閉じ、平成3年アサヒ物流センターとなる。 旧千歳線跡地は、サイクリングロードとして、現在に至っている。

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