東川駅跡
碑の背景
コメント
旭川電気軌道は1927年2月に旭川追分〜十号間を、翌月には十号〜東川間が開通した。 この開通により、東川から旭川まで四時間かかっていたものが、電車によって40分に短縮された。 碑文にある追分車庫の火災では6両所有していた車両のうち、東川駅に居た1両だけが助かり、車庫に居た5両は焼失してしまった。 火災の後、しばらくは1両で運行をしたが、札幌市電2両の借用により3両での運行となり、9月には新車が導入された。 旭川電気軌道の電車は1973年末に廃止となり、東川町は鉄道の無い町となった。

写  真
 
基本情報
 所  在  地 : 上川郡東川町東町2−4
 マップコード : 389407180*00
 建  立  日 : 1987年 7月 9日
 建  立  者 : −−−
 種      別 : 跡地碑
 撮  影  日 : 2010年 7月 1日
碑  文 東川町は明治二十八年以来長期に亘って徒歩 車馬等にとって経済文化の交流を専らにし ていたが昭和二年一月八日より拓殖的使命を担い旭川電氣軌道株式会社が軌條敷設し電車の定 期運行するに至った。 しかし昭和二十四年三月二十七日追分驛の同社車庫より出火電車一両を 残し悉く鳥有に帰した一大災渦であった この再建に当って存廃の両論誠にはげしいものがあっ たが時の常務豊島卯三郎氏の英断と地域住民の絶大なる理解と協力により電車運行で再スター トしたのである  この間約半世紀幾多の困難を克服し地域開発進展に輝かしい業績とその使命 を果していたが昭和四十七年十二月三十一日チンチン電車の愛称も惜しまれつつ時代の変遷の 中で撤去となったのである 茲に十五周年を迎えるに当たり往時利用者に親しまれた西に向かって 旭川行電車 東に向かっては天人峡行き幌馬橇の発着ゆかりの「東川驛」跡地に今は郷土館に保 存されている往時の電車と併せて後世に伝えるための史跡としてこの地にこの碑を建立するもの である
  昭和六十二年七月九日     撰 聖なる流れ忠別を讃える会    松倉 環 書


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